計算を始める前に型を見る。A が m×r、B が r×n なら積は m×n になる[3]。
内側の r がそろっていないと積は定義されない。外側の m と n が答えの型を決める。
(m×r)(r×n)⟶m×n
(i,j) 成分は、A の第 i 行と B の第 j 列を掛けて足したものである。
(AB)ij=k=1∑raikbkj
以下 13 問。型の確認、2 次と 3 次の計算、非可換の実例、零因子まで並べた。
問題 1
次の積 AB を求めよ。
A=(1324),B=(5768)
(1,1) 成分は 1⋅5+2⋅7=19、(1,2) 成分は 1⋅6+2⋅8=22。
(2,1) 成分は 3⋅5+4⋅7=43、(2,2) 成分は 3⋅6+4⋅8=50。
AB=(19432250)
問題 2
A=(100123),B=135246
A は 2×3、B は 3×2。内側が 3 でそろうので、積は 2×2 になる[2]。
(1,1)=1+0+10=11、(1,2)=2+0+12=14、(2,1)=0+3+15=18、(2,2)=0+4+18=22。
AB=(11181422)
問題 3
同じ A、B で BA を求めよ。
B が 3×2、A が 2×3 なので、積は 3×3。AB と型からして違う。
BA=13524681828
AB が 2×2、BA が 3×3。順番を変えると、値どころか大きさが変わる例である。
問題 4
AB と BA をそれぞれ求め、一致しないことを確かめよ。
A=(1021),B=(1301)
AB は (1,1)=1+6=7、(1,2)=0+2=2、(2,1)=0+3=3、(2,2)=0+1=1。
AB=(7321),BA=(1327)
型は同じ 2×2 だが、中身が違う。行列の積が非可換だという典型例である[1]。
問題 5
行列とベクトルの積を求めよ。
A=(21−13),x=(31)
2×2 と 2×1 なので、答えは 2×1。
(1)=2⋅3+(−1)⋅1=5、(2)=1⋅3+3⋅1=6 で Ax=(5,6)T である。
列ベクトルは n×1 の行列として扱う。だから右から掛ける。
問題 6
3×4 と 4×2、4×2 と 3×4 について、積が作れるかを答えよ。
3×4 と 4×2 は、内側が 4 でそろう。積は 3×2 になる。
4×2 と 3×4 は、内側が 2 と 3 で合わない。この順では積が作れない。
型を見るだけで、計算する前に判断できる[3]。
問題 7
AI=IA=A を確かめよ。
A=(1324),I=(1001)
AI の (1,1) 成分は 1⋅1+2⋅0=1。同じように計算すると、すべての成分が A と同じになる。
IA も同様。単位行列は掛ける順番によらず、相手をそのまま返す。
問題 8
次の積を計算し、AB=O になることを確かめよ。
A=(1111),B=(1−1−11)
(1,1)=1⋅1+1⋅(−1)=0、(1,2)=1⋅(−1)+1⋅1=0。第 2 行も同じ計算で 0 になる。
AB=(0000)
A=O、B=O なのに積が零行列。数では起こらないことが、行列では起こる。
実数の掛け算
ab=0 なら a=0 か b=0 のどちらか。約分ができる
行列の積
AB=O でも A=O、B=O がありうる。両辺から A を消せない
問題 9
対角行列を左から掛けた場合と右から掛けた場合を比べよ。
D=(2003),A=(1324)
DA では第 1 行が 2 倍、第 2 行が 3 倍される。
DA=(29412),AD=(26612)
AD では列が倍される。左から掛ければ行、右から掛ければ列。この見分けは実務でよく使う。
問題 10
3 次の積 AB を求めよ。
A=120011101,B=101110011
第 1 行 (1,0,1) と B の各列を掛ける。(1+0+1, 1+0+0, 0+0+1)=(2,1,1)。
第 2 行 (2,1,0) では (2,3,1)、第 3 行 (0,1,1) では (1,1,2)。
AB=221131112
問題 11
A2、A3 を求め、An を推測せよ。
A=(1011)
2 乗と 3 乗を順に計算する。
A2=(1021),A3=(1031)
右上だけが 1 ずつ増える。An の右上は n である。
An=(10n1)
帰納法で示せる。An=An−1A を計算すると、右上が (n−1)+1=n になる。
問題 12
(AB)C=A(BC) を確かめよ。
A=(1011),B=(1101),C=(2003)
まず左から。AB を出してから C を掛ける。
AB=(2111),(AB)C=(4233)
次に右から。BC を出してから A を掛ける。
BC=(2203),A(BC)=(4233)
一致した。積は非可換だが結合的である[1]。括弧の付け替えは自由にできる。
問題 13
(AB)T=BTAT を、問題 1 の A、B で確かめよ。
問題 1 の答えを転置する。
(AB)T=(19224350)
BTAT を計算すると (1,1)=5⋅1+7⋅2=19、(1,2)=5⋅3+7⋅4=43。残りも合う。
順番が入れ替わる点が要点である。ATBT では一致しない。
よくあるミス
型を確かめずに計算を始める。内側がそろわなければ、積そのものが存在しません。
AB を出したあと BA も同じだと思う。値が違うことも、型が違うこともあります。
成分ごとに掛け算する。(AB)ij=aijbij ではありません。これはアダマール積という別の演算です。
AB=O から A=O または B=O と結論する。行列では零因子が存在します。
AB=AC から B=C と約分する。A が正則でないと通りません。
転置で順番を変えない。(AB)T=BTAT です。
4×3 行列と 3×5 行列の積は、どんな型になりますか。
__RESULT__
内側の 3 がそろっているので積が作れます。外側の 4 と 5 が残り、4×5 になります。逆順の 3×5 と 4×3 では内側が 5 と 4 で合わず、こちらは作れません。
非可換の意味も確かめる。
AB=O かつ A=O のとき、B について言えるのはどれですか。
__RESULT__
問題 8 のように、どちらも零行列でないのに積が零になる場合があります。ただし A が正則なら、両辺に A−1 を掛けて B=O が出ます。
型を見て、行と列を掛けて足す。手順そのものは短い。順番と型でつまずくことが多いので、そこだけ先に確かめる習慣をつけると計算が速くなる。
出典
Sergei Treil. *Linear Algebra Done Wrong*, Chapter 1. Brown University. Andreas Gathmann. *Lineare Abbildungen als Matrizen*. Grundlagen der Mathematik, RPTU Kaiserslautern. *Matrix Multiplication*. Linear Algebra and Its Application, LibreTexts.
計算より先に型を見ます。$m \times r$ と $r \times n$ で内側がそろえば積が作れ、外側が答えの型になる。$2 \times 3$ と $3 \times 2$ では $AB$ が $2 \times 2$、$BA$ が $3 \times 3$ で、大きさからして違います。13 問で、$2$ 次と $3$ 次の計算、行列とベクトルの積、対角行列を左右から掛けたときの違い、$A \neq O$ かつ $B \neq O$ なのに $AB = O$ になる例、$A^n$ の推測、結合法則と $(AB)^{\mathsf{T}} = B^{\mathsf{T}}A^{\mathsf{T}}$ の確認まで。成分ごとの掛け算と混同しやすい点も並べました。
内側の 3 がそろっているので積が作れます。外側の 4 と 5 が残り、4×5 になります。逆順の 3×5 と 4×3 では内側が 5 と 4 で合わず、こちらは作れません。