基底と座標ベクトル|定義・求め方・次元が取り方によらない理由
基底を 1 つ決めると、空間のどのベクトルにも数の組がただ 1 つ割り当てられます。この数の組が座標です。
多項式でも行列でも、基底さえ入れておけば数ベクトルとして計算できます。抽象的に定義された空間を具体的な数の世界へ引き写す仕掛けが、基底と座標です。
基底の定義
をベクトル空間とします。 のベクトルの組 が の基底であるとは、次の 2 つを満たすことです。
張ることは足りている条件、一次独立は余分がない条件です。基底は、その両方を同時に満たす過不足のない組を指します。
基底を持つ空間を有限次元といいます。この記事で扱うのは有限次元の空間で、そうでない場合には最後に触れます。
基底の言い換え
基底には同じ内容の言い換えがいくつかあります。どれを定義に採っても、指しているものは変わりません。
いちばん普通の定義です。足りていて、なおかつ余分がない組を指します。
どのベクトルも一次結合で書けて、その書き方がただ 1 通りに決まる組です。存在が「張る」に、一意性が「一次独立」に対応します。
を張る組のうち、どの 1 本を抜いても張れなくなるものです。余分がないことを、抜けなさとして言い換えています。
一次独立な組のうち、どのベクトルを足しても従属になってしまうものです。足りていることを、足せなさとして言い換えています。
見た目は違いますが、どれか 1 つが成り立てば残りも成り立ちます。証明のたびに都合のよい言い換えを選べる、というのがこの同値性の利点です。
基底は順番まで込みで決める
座標を並べるには、どのベクトルが第 1 成分を担うのかが決まっている必要があります。そこで基底は集合ではなく、順番のついた組として扱います。
と は、集合としては同じでも基底としては別物です。同じベクトルの座標が、成分を入れ替えた形で出てきます。
順番を強調したいときは順序基底と呼びます。以下で基底といえば、順番まで固定したものを指しています。
座標ベクトル
基底 を固定します。 のベクトル は一次結合で書けて、その書き方はただ 1 通りです。
この係数を縦に並べたものを、 に関する の座標ベクトルといい、 と書きます。
書き方が 1 通りに決まるのは、一次独立性のおかげです。2 通りに書けたとして差を取れば、係数がすべて になるほかありません。
が何であっても、 は のベクトルです。多項式にも行列にも、同じ形をした数の組が割り当てられます。
例:多項式の空間で座標を取る
2 次以下の実係数多項式全体を と書きます。次の 3 本が基底になります。
どの多項式も の形に書け、しかもこの書き方は 1 通りです。したがって座標は、係数をそのまま並べたものになります。
の次元は 3 です。多項式という見た目をしていても、座標を通してしまえば 3 次元の数ベクトルと変わりません。
例:基底を変えて同じ多項式の座標を出す
同じ に、別の基底を入れてみます。
の座標を求めます。 とおいて、次数の高いほうから係数を比べます。
の係数から です。 の係数は なので 、定数項は なので となります。
検算すると の定数項は 、 の係数は で、たしかに に戻ります。
同じ多項式が、基底を変えると別の数の組で呼ばれました。座標はベクトルだけでは決まらず、基底とセットで初めて意味を持ちます。
例:行列の空間の基底
の実行列全体を と書きます。成分が 1 か所だけ の行列を並べたものが基底です。
どの行列も と一意に書けます。座標は成分を読む順に並べたものになるので、成分が の行列なら次のとおりです。
の次元は 4 です。 行列全体なら、同じ数え方で になります。
例:対称行列のなす空間
2 次の実対称行列全体は、 の部分空間をなします。基底には次の 3 本が取れます。
対称行列は主対角線とその上側だけで決まります。 次なら自由に選べる成分は 個で、その個数がそのまま次元です。
2 次なら 3、3 次なら 6 になります。 の 4 次元のうち 3 次元ぶんが対称行列で占められている、という読み方もできます。
座標は和とスカラー倍を保つ
座標を取る操作は、足し算とスカラー倍をそのまま通します。
証明は展開するだけです。、 と書けば、和は次のようにまとまります。
書き方が 1 通りであることから、これが の座標にほかなりません。係数どうしが足された形なので、 と一致します。
スカラー倍も同じ筋です。 となるので、座標は丸ごと 倍されます。
この性質があるおかげで、 の中の計算を座標の側へ移して済ませられます。多項式の足し算が、数ベクトルの足し算になるわけです。
座標は 1 対 1 の対応になる
に を割り当てる対応は、 と を 1 対 1 に結びます。
違うベクトルが同じ座標を持つことはありません。 なら係数がすべて等しく、 と は同じ一次結合を指すからです。
取りこぼされる数の組もありません。 を渡されたら を作れば、それが座標として を持つベクトルです。
<svg viewBox="0 0 460 220" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="125" y="32" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">2 次以下の多項式</text>
<text x="355" y="32" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">3 つの数の組</text>
<rect x="40" y="45" width="170" height="140" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="290" y="45" width="130" height="140" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<text x="125" y="85" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">3 - x + 4x<tspan font-size="9" dy="-4">2</tspan></text>
<text x="125" y="125" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">x</text>
<text x="125" y="165" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">1</text>
<text x="355" y="85" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">(3, -1, 4)</text>
<text x="355" y="125" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">(0, 1, 0)</text>
<text x="355" y="165" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">(1, 0, 0)</text>
<line x1="220" y1="81" x2="272" y2="81" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="272,77 280,81 272,85" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="220" y1="121" x2="272" y2="121" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="272,117 280,121 272,125" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="220" y1="161" x2="272" y2="161" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="272,157 280,161 272,165" fill="#1b81e0"></polygon>
<text x="230" y="207" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">基底を 1 つ決めると、対応が 1 対 1 に定まります</text>
</svg>つまり基底を選ぶことは、 に の目盛りを入れる作業です。多項式の空間も行列の空間も、目盛りを入れたあとは同じ顔つきになります。
この対応には正式な名前がついていて、線形写像の記事で改めて扱います。ここでは、和とスカラー倍を保つ 1 対 1 の対応だという事実だけ押さえておけば十分です。
例:多項式の一次独立性を座標で判定する
座標に移すと、抽象空間の問いが数ベクトルの計算に変わります。 の次の 3 本を調べます。
基底 で座標を取ります。係数を読み取るだけです。
3 本を列に並べて行列式を計算します。
でないので 3 本は一次独立です。 は 3 次元なので、この 3 本もまた の基底になっています。
多項式のままでは見通しの悪い問いが、行列式ひとつで片づきました。座標を取る手間の見返りが、ここにはっきり出ています。
次元は基底の取り方によらない
基底の取り方はいくらでもありますが、含まれるベクトルの本数はどれも同じになります。この本数を次元といい、 と書きます。
理由は、独立な組と張る組の本数を比べる補題にあります。 が 本のベクトルで張られているとき、 の一次独立な組は 本を超えられません。
証明の筋は入れ替えです。独立な組から 1 本を張る組へ持ち込み、代わりに張る組から 1 本を抜きます。うまく選べば張る性質が保たれるので、この操作を続けられます。
独立な組のほうが多いと、抜くベクトルが先に尽きて矛盾します。これをシュタイニッツの交換補題といいます。
2 つの基底 と に、この補題を当てはめます。 を独立な組、 を張る組と見れば の本数は 以下、役を入れ替えれば の本数は 以下です。
両方が成り立つ以上、本数は等しくなります。次元という言葉が意味を持つのは、この一致に支えられているからです。
本数がそろえば片方だけ確かめればよい
が分かっていれば、 本の組を調べる手間が半分で済みます。
本の組が一次独立なら、それだけで基底です。張れないとすると、作れないベクトルを 1 本足して 本の独立な組ができてしまい、補題に反するからです。
逆に 本の組が を張るなら、やはりそれだけで基底です。従属だとすれば 1 本を他で表せるので 本で張れることになり、これも補題に反します。
本が一次独立と分かれば、張ることは自動的についてきます。行列式や掃き出し法で判定できます
本が を張ると分かれば、一次独立も自動的についてきます。連立方程式が解けることを見ます
本数が でない組に、この近道は使えません。少なければ張れず、多ければ独立になれないので、そもそも基底の候補から外れます。
<svg viewBox="0 0 460 175" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="24" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">本数が次元とそろっているかどうかで、起こることが決まります</text>
<text x="105" y="58" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">n 本より少ない</text>
<text x="230" y="58" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">ちょうど n 本</text>
<text x="355" y="58" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">n 本より多い</text>
<rect x="40" y="70" width="130" height="50" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="170" y="70" width="120" height="50" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<rect x="290" y="70" width="130" height="50" fill="#f5f5f5" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<text x="105" y="100" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">張れない</text>
<text x="230" y="100" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">基底になれる</text>
<text x="355" y="100" font-size="12" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">一次従属</text>
<text x="230" y="150" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">ちょうど n 本のときだけ、一次独立と張ることが同時に成り立ちます</text>
</svg>例:本数が足りない組と余る組
で の 2 本を取ります。この 2 本は一次独立ですが、 をどうやっても作れません。
張れるのは 1 次以下の多項式だけで、 全体には届きません。足りない組は、独立であっても基底になれません。
こんどは の 4 本を取ります。 を張ることは確かですが、最後の 1 本が前の 2 本の和なので一次従属です。
3 次元の空間では、本数が 3 でないかぎり基底になりません。足りなければ張れず、余れば独立性が壊れます。
生成系から間引く、独立な組を延長する
基底は、多すぎる組を削るか、少なすぎる組を足すかで作れます。どちらの向きからでもたどり着けます。
を張る組が手元にあるなら、従属なものを 1 本ずつ捨てていきます。他で表せる 1 本を抜いても張る性質は変わらないので、独立になるまで続ければ基底が残ります。
一次独立な組が手元にあるなら、まだ作れないベクトルを 1 本ずつ足します。作れないベクトルを足しても独立性は保たれ、次元に達したところで打ち止めになります。
後者を基底の延長定理といいます。部分空間の基底を全体の基底まで伸ばせる、という形でよく使われる定理です。
例:部分空間の基底を取る
の中で、成分の和が になるベクトル全体を とします。条件が 1 本しかないので、自由に決められるのは 3 成分です。
のどれか 1 つを 、残りを とおいて、 を条件から決めます。
どれも成分の和が なので に属しています。この 3 本が を張ることは、 を計算すれば見えます。
第 1 成分は で、条件からこれは に等しい値です。下の 3 成分は そのものなので、 のどのベクトルもこの形で出てきます。
一次独立性は下 3 成分だけで済みます。そこに単位行列が現れているので、係数のどれかが でなければ和は になりません。よって です。
理解の確認
の空間で、4 本のベクトルの組 が一次独立だと分かりました。 について正しいのはどれでしょうか。
- まだ基底とはいえない。 を張ることを別に確かめる必要がある
- これだけで基底といえる。本数が次元と一致していれば、独立性から張ることが従う
- 一次独立なだけでは足りない。本数を 5 本に増やさなければ張れない
無限次元の空間
有限個のベクトルではどうしても張れない空間もあります。次数に制限をつけない多項式全体 がその例です。
有限個で張れると仮定すると、そのなかで最大の次数を超える多項式が作れなくなります。 に基底を入れるには、 を無限に並べるしかありません。
無限に並べても、一次結合として認めるのは有限個の和だけです。どの多項式も次数が有限なので、この約束のもとできちんと書けます。
無限級数まで許すと収束を論じることになり、扱う理論が変わります。この記事の議論はすべて有限次元のものです。
他の話題とのつながり
基底を取り替えると座標がどう動くかは、次の記事の主題です。取り替えを表す行列と、座標が逆行列の側へ移る仕組みを扱います。
長さや角度まで込みで測りたいときは、正規直交基底を選びます。座標が内積の計算だけで求まるようになり、その作り方はグラム・シュミットの記事にあります。
基底を選ぶと、写像のほうも行列で書けるようになります。線形写像の表現行列がその話題で、この記事の座標の対応が土台になっています。
空間を部分空間へ分けたときは、それぞれの基底を寄せ集めると全体の基底になります。直和の記事で扱う内容です。












n 次元の空間では、n 本の一次独立な組はかならず基底になります。張れないとすると、作れないベクトルを 1 本足して n+1 本の独立な組が作れてしまい、n 本で張れるという事実に反するからです。同じ理由で、n 本が V を張るなら一次独立も自動的についてきます。