商空間の定義と例
線形空間 の部分空間 で「割る」ことで、新たな線形空間を構成できる。これが商空間であり、抽象代数学における商構成の線形代数版にあたる。直感的には、 方向の違いを無視して「同じ」とみなす操作である。
同値関係と剰余類
を体 上の線形空間、 をその部分空間とする。 の 2 つの元 に対して、
と定義すると、 は同値関係になる。 を含む同値類を と書き、剰余類(あるいは同値類、コセット)と呼ぶ。
これは を の方向にずらした「平行移動」全体の集合であり、 自身を だけシフトしたものと考えられる。2 つの剰余類 と は、完全に一致するか、まったく共通要素をもたないかのどちらかであり、 全体がこれらの剰余類に分割される。
商空間の定義
剰余類全体の集合
に、次の演算を導入する。
これらの演算が well-defined であること、すなわち代表元の選び方に依存しないことを確認する必要がある。 かつ ならば かつ であり、 となるので、和の定義は矛盾しない。スカラー倍についても同様に確かめられる。
これらの演算のもとで は線形空間になり、これを の による商空間と呼ぶ。零元は であり、 の逆元は である。
次元の公式
が有限次元のとき、商空間の次元は次の公式で与えられる。
この式は、 方向の自由度が「つぶされた」結果、残りの自由度が商空間の次元になることを端的に表している。
具体例
いくつかの具体的な商空間を見てみよう。
、( 軸)とする。剰余類 は 座標が であるすべての点からなる水平線である。 なので、 座標の違いは無視され、 座標だけで剰余類が決まる。 となり、次元は で整合する。
、( 平面)とする。剰余類 は高さ にある水平面全体にあたる。したがって であり、次元は となる。
自然な射影(標準射影)
から への写像
は線形写像であり、自然な射影(標準射影、正準射影)と呼ばれる。この写像は全射であり、その核は
となる。つまり、 の元がちょうど零元に潰される写像になっている。
準同型定理との関係
商空間の真価は、線形写像の準同型定理(第一同型定理)と結びつくことで発揮される。線形写像 に対して、
が成り立つ。この定理は「核で割った商空間は像と同型である」と述べており、線形写像の構造を完全に特徴づけるものである。
線形写像 が与えられる
核 で を割って商空間 を作る
商空間と像 が同型になる
たとえば を とすると、 であり、 が成り立つ。商空間は抽象的に見えるが、「不要な方向をつぶして本質的な構造だけを取り出す」という操作として、代数学や幾何学の随所に登場する基本概念である。