距離が決まると開集合が決まる、距離空間から位相へ
に距離を入れる方法は つではありません。まっすぐな直線距離、碁盤の目を進む距離、縦横の大きいほうをとる距離。単位球の形は円、ひし形、正方形とばらばらになります。
ところが、この つが決める開集合はまったく同じです[3]。距離の情報のうち、位相に残るのはごく一部でしかない。
距離の 3 条件
番目が三角不等式。遠まわりしても近道より短くはならない、という条件です。
この つだけで、開集合も収束も連続性も定義できる。集合と関数だけからは出てこない構造が、ここで入ります。
開球
と に対して、開球を次で定めます[4]。
不等号を にしたものが閉球。開球は開集合、閉球は閉集合になります。
球という名前ですが、形は距離によって変わる。 で つ並べてみます。

ひし形、円、正方形。見た目はまるで違うのに、あとで見るように同じ位相を決めます。
開集合の定義
部分集合 が開集合であるとは、どの点にも余裕があることです[3]。
どの点も、少しくらい動いても から出ない。境界に近い点ほど、とれる は小さくなります。
が に近づいても、正の値でありさえすれば条件はみたされます。縁そのものの点だけが、余裕をとれない。
開集合の 3 つの性質
こうして決めた開集合の族は、 つの性質を持ちます[3]。
番目で有限と断るのは、無限個では崩れるためです。 はどれも開ですが、すべての交わりは になる。
には余裕がありません。右へ少しでも動くと外へ出ます。
この つを抜き出して公理にしたものが位相です。距離を捨てて、開集合の族だけを残した構造になります。
距離が誘導する位相
距離 から決まる開集合の族を と書き、 が誘導する位相と呼びます[4]。
開球の全体は の基底です。どの開集合も開球の和として書ける。
この作り方をフレシェが学位論文でまとめたのは 年[4]。位相空間の公理より先に、距離のほうが定式化されました。
ここから先が本題になります。距離から位相への対応は、単射でも全射でもありません[3]。
異なる距離が同じ位相を与えることがある
どの距離からも作れない位相がある
距離の情報は位相に一部しか残らない
例:3 つの距離が同じ位相を決める
冒頭の つに戻ります。 で次の不等式が成り立ちます[3]。
定数倍ではさめる関係をリプシッツ同値といいます。リプシッツ同値なら位相同値です[3]。
証明は球の入れ子で終わります。 なら なので、片方で開なら他方でも開になる。

同じ点のまわりで、 つの球が入れ子になります。だからどれか つで余裕がとれれば、残りでもとれる。
例:離散距離
を任意の集合とし、異なる 点の距離をすべて とします[1,2]。
点集合が開くので、どの部分集合も開集合。誘導される位相は離散位相です。
有限集合にも無限集合にも入れられます。どんな集合も、少なくとも つの距離を持つ。
例:整数では 2 つの距離が同じ位相を決める
に の距離 を入れると、 になります。離散位相です。
離散距離も同じ位相を与えます。位相同値な つの距離ということになる。
ところがリプシッツ同値ではありません[3]。 はいくらでも大きくなるのに、離散距離は で止まる。定数ではさめない。
リプシッツ同値のほうが真に強い条件だと分かります。逆は成り立たない。
例:関数空間では位相が変わる
を 上の連続関数の集合とします。 つの距離が定義できる[3]。
有限次元のときと違い、この つは位相同値になりません[3]。細く高い山を持つ関数は、 では原点に近いのに では遠い。
次元が上がると、距離の選び方がそのまま位相の選び方になる。関数解析でノルムのとりかえが問題になるのは、この事情によります。
距離では決まるが位相では決まらないもの
有界性、完備性、一様連続性は距離の性質で、位相の性質ではありません[1]。
開集合、閉包、連続性、コンパクト性、連結性。同相なら必ず一致する
有界性、完備性、一様連続性。同相でも食い違うことがある
と が実例です。 を使えば同相になるのに、 は完備で非有界、 は有界で完備でない。
同じ位相空間を、有界な距離と非有界な距離の両方で表せる、ということでもあります。 にとりかえれば、位相を変えずに有界化できる。
連続性は開集合だけで決まる
距離空間のあいだの写像 について、次が同値です[3]。
定義には距離が出てくるのに、判定には開集合しか要りません。ここが位相空間へ進む足がかりになります。
と を捨てても連続性は残る。捨てられないのは一様連続性のほうです。
距離化できない位相
すべての位相が距離から作れるわけではありません[3]。距離から作れる位相を距離化可能といいます。
に密着位相 を入れます。もし距離 があれば、 が開になる。
密着位相で は開ではないので、そんな距離はありません。 点以上の密着空間は距離化できない。
一般に、距離空間は必ずハウスドルフです[3]。 とすれば と が交わらない。三角不等式がそれを保証します。
逆に、ハウスドルフなら距離化できるとはかぎりません。ザリスキー位相はハウスドルフですらなく、距離化の候補にもなりません。
距離化の判定にはウリゾーンの距離化定理などが要る。ハウスドルフだけでは足りない。
例:フランス国鉄距離
パリを通らないと移動できない鉄道網に見立てた距離です。原点を通る直線上にない 点は、いつも原点経由で測る。
原点以外の点 について、半径 未満の球は だけになります。原点だけが特別で、他は孤立点。
距離の 条件はみたしています。ユークリッド距離とはまったく別の位相を与える例です。
の上で、タクシー距離が誘導する位相はどれと同じですか。
- 離散位相
- ユークリッド距離が誘導する位相
- 密着位相
よくある誤り
距離を入れると位相が決まる。逆はたどれず、決まった位相からもとの距離は復元できません。どこまでが距離の話で、どこからが位相の話かを分けておくと、後の議論が楽になります。
参考文献
[1] が距離の公理と、位相では決まらない性質の整理、[2] が離散距離とフランス国鉄距離、[3] が開集合の作り方とリプシッツ同値・距離化可能性の証明、[4] が開球の定義とフレシェによる導入の経緯です。











d∞≤d1≤2d∞ と d∞≤d2≤2d∞ ではさめるので、d1 と d2 はリプシッツ同値です。単位球の形はひし形と円で違いますが、開集合の族は一致します。