転置はどこへ行ったのか?ヒルベルト空間の随伴作用素
行列の転置は、内積の相手側へ移す操作として書ける。複素なら共役転置になる。
無限次元でも同じ式で決められる。この を随伴作用素という[1]。成分も基底も使わず、内積だけで定義できるところが利点である。
定義と存在
を複素ヒルベルト空間、 を有界線形作用素とする。 は次の等式で定まる[2]。
存在はリースの表現定理から出る。 を固定すると は線形汎関数になる。
有界性も確かめられる。コーシー・シュワルツの不等式から次が成り立つ。
だからこの汎関数は有界で、ノルムは 以下。リースの表現定理により、これを内積で表す元がただ つ決まる[1]。
その元を と書く。 を動かせば作用素になり、線形性も有界性も引き継がれる。

基本の性質
計算規則は転置とほぼ同じで、複素共役が入るところだけ違う[1]。
順序が入れかわるところは行列の転置と同じである。 は 恒等式と呼ばれ、あとで代数の骨格になる。
例:行列で確かめる
次の行列で見よう。
転置してから各成分の共役をとる。 が に変わり、位置が入れかわった。
、 で等式を確かめる。 なので である。
いっぽう なので 。一致した。
、 でも見る。 で 、 で になる。
例:掛け算作用素
の上で、有界な関数 を掛ける作用素を考える。
内積を書き下すと随伴が見える。 である。
を 側へ移すには共役をつける。 だから、随伴は を掛ける作用素になる[2]。
自己共役になるのは 、つまり が実数値のときである。 ならユニタリになる。
例:積分作用素
核 をもつ作用素の随伴は、核の変数を入れかえて共役をとった形になる[2]。
自己共役になる条件は である。実数値なら対称核ということになる。
は実数値で対称なので自己共役。 も同じく自己共役である。
いっぽう は対称でない。随伴の核は になり、もとと違う作用素になる。
例:ずらす作用素
の上で、成分を つ後ろへずらす作用素を考える。
随伴は前へずらす作用素になる。内積を書けば分かる。
つまり である。先頭が捨てられる。
を計算すると恒等作用素になる。ずらして戻すと元へ帰るためである。
は違う。 を前へずらしてから後ろへずらすと になり、第 成分が消える。
は等長だがユニタリではない。片側だけ逆になっている作用素で、無限次元でしか起きない現象である。
自己共役
をみたす作用素を自己共役という[4]。行列ならエルミート行列にあたる。
このとき なので、 は実数になる。
固有値も実数である。、 とすると次のようになる。
で割れば 、つまり実数だと分かる。
ノルムも二次形式で測れる。自己共役なら が成り立つ[4]。
ユニタリ
をみたす作用素をユニタリという[1]。内積をそのまま保つ。
長さも角度も変わらない。有限次元なら回転や鏡映がこれにあたる。
の掛け算作用素、フーリエ変換、そして正規直交基底どうしを写す作用素がユニタリになる。
片側だけの等式では足りない。 をみたす は等長だが、 が崩れるのでユニタリではない。
正規
をみたす作用素を正規という[3]。自己共役もユニタリも、この条件をみたす。
同値な言いかえがある。定義域がそろっていれば、次の条件と同じになる[3]。
シフトで試すと崩れる。 に対し である。正規ではない。

正規なら固有値が違う固有ベクトルどうしは直交する。有限次元なら、ユニタリ行列で対角化できる[3]。
残留スペクトルが空になることも知られている。スペクトル定理が成り立つ範囲が、ちょうどこの枠になっている。
核と像の関係
随伴は核と像を結びつける[1]。
は、すべての で ということ。つまり が の像と直交する。
シフトで確かめよう。 は第 成分が の元全体である。その直交補空間は の張る空間になる。
いっぽう は をみたす元、つまり の定数倍である。一致した。
この等式があるので、方程式 が解けるかどうかを随伴側で判定できる。
が と直交していれば、像の閉包に入る。フレドホルムの理論の入口になる。
ここまでの道具がそろうと、シフトの性質はすべて随伴の計算から出てくる。積の順序を入れかえて確かめよう。
の片側シフト について、 と はそれぞれ何になるか。
- どちらも恒等作用素
- は恒等作用素、 は第 1 成分を落とす射影
- は第 1 成分を落とす射影、 は恒等作用素
答えを確かめる
随伴を求めたら、 に基底ベクトルを入れて確かめる。
と の組で成分を比べれば、行列なら 成分と 成分の共役が一致するはずである。
正規かどうかは と を つの で比べると早い。 か所でも差が出れば正規ではない。
まちがえやすいところ
内積の相手側へ移す。この つの操作から、自己共役もユニタリも正規も、すべて条件として書き下せる。











S は後ろへずらす作用素なので、ずらしてから戻すと元に帰る。よって S∗S=I である。逆順では先頭が捨てられ、SS∗(y)=(0,y2,y3,…) になる。どちらも恒等なら S はユニタリだが、S は全射でないのでそうならない。