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作用素にも絶対値がある〜極分解からトレースクラスまで

複素数は と、向きと大きさに分けられます。 の極形式です[4]。

作用素にも同じ分解があります。 と書き、 が大きさにあたる[1]。

大きさのほうを対角化して並べた数が特異値です。その和が有限かどうかで、トレースクラスかどうかが決まります[2]。

絶対値を作る

は自己共役で、しかも なので正の作用素です。

正の作用素には正の平方根がただ つ存在します。それを と書く[1]。

この作用素は と同じ伸ばし方をします。長さを計算すると分かる。

どの でも です。向きの情報だけが落ちています。

向きの部分を作る

は という対応で定めます。長さが等しいので、この対応は矛盾なく決まる[1]。

の像の閉包の上では等長になり、その直交補空間では と定めます。こういう作用素を部分等長といいます。

が一意に決まるには条件が要ります。 を課せば つに定まる[1]。

有限次元なら をユニタリまで延ばせます。無限次元では、いつでもそうできるとはかぎりません[1]。

例:2 次の行列で計算する

行列を つとります。

を計算しましょう。

平方根は対角成分の平方根をとるだけです。 は第 座標を 倍する作用素になりました。

は の像を の像へ移します。 なので、次の形です。

掛けると が確かめられます。 はユニタリではなく、第 座標をつぶす部分等長です。

特異値

がコンパクトなら、固有値を大きい順に並べられます。これを特異値といい と書きます[2]。

このとき は次の形に書けます。特異値分解です[1]。

と は正規直交系です。有限次元なら、単位球が半軸 の楕円体へ写ることを意味します。

特異値の和で分類する

特異値の並びを数列と見て、どの空間に入るかで作用素を分類します[2]。

条件名前数列での相手
トレースクラス
ヒルベルト・シュミット
コンパクト

包含関係は数列のときと同じ向きになります。無限次元では、どの包含も真です[2]。

例:対角作用素で見分ける

という作用素を考えます。特異値は を並べたものです。

なら で収束するので、トレースクラスになります。

はどうでしょう。 は発散し、 は収束します。

ヒルベルト・シュミットではあるが、トレースクラスではない。境目にいる例です。

なら が発散するので、ヒルベルト・シュミットですらありません。 には近づくのでコンパクトです。

トレース

トレースクラスの作用素には、行列の対角和にあたる量が定義できます[2]。

この和は絶対収束し、正規直交基底のとり方によりません[3]。トレースノルムは です。

性質もよく知られた形で成り立ちます。

が成り立つ。
になる。
自己共役なら 、 である。
つのヒルベルト・シュミット作用素の積はトレースクラスになる。

最後の性質は、 の元どうしを掛けると に入る、という事実の作用素版です[3]。

例:ボルテラ作用素

で とします。特異値は次の形です。

二乗和は収束します。 が有限なので、ヒルベルト・シュミットです。

いっぽう和のほうは発散する。 と同じ速さで減るためです。

トレースクラスではありません。 つの階級のあいだにいる、ちょうどよい例になります。

例:核からトレースを出す

連続で対称な正定値の核をもつ積分作用素は、トレースクラスになります。トレースは対角線上の積分で書ける[2]。

で試しましょう。対角では なので、積分は です。

固有値からも計算できます。この核の固有値は になります。

通りの計算が一致しました。 を使っています。

通りで一致するので、固有値が分からなくても対角線の積分でトレースが出せる。

逆に、対角線の積分から固有値の和が分かる。級数の値を求める道具にもなる。

双対の関係

階級のあいだには、数列空間と同じ双対の構造があります[2,3]。

コンパクト作用素の空間の双対がトレースクラス、トレースクラスの双対が有界作用素の全体です。

、 という並びと、そっくり同じ形になります。

数列の世界

、、、 が並ぶ

作用素の世界

コンパクト、トレースクラス、ヒルベルト・シュミット、有界が並ぶ

対応は という汎関数で与えられます[2]。

対角成分が の対角作用素は、どの階級に入りますか。

  • トレースクラス
  • ヒルベルト・シュミットだがトレースクラスではない
  • コンパクトでもない
__RESULT__

特異値は です。和 は発散するのでトレースクラスに入りません。二乗和 は収束するのでヒルベルト・シュミットです。 に近づくのでコンパクトではあります。

答えを確かめる

特異値を出すときは の固有値を求め、平方根をとります。 の固有値ではありません。

階級を判定するときは、特異値の減り方を と比べる。 ならトレースクラス、 ならヒルベルト・シュミットです。

トレースは基底によらないので、計算しやすい基底を選べます。値が食い違ったら、トレースクラスに入っていない疑いがあります。

まちがえやすいところ

特異値を固有値と混同する。 の固有値が特異値です。
をいつでもユニタリだと考える。無限次元では部分等長にとどまります。
コンパクトならトレースが定義できると思う。和が収束するとはかぎりません。
トレースクラスとヒルベルト・シュミットを同じ扱いにする。ボルテラ作用素が違いを見せます。
基底を変えるとトレースが変わると考える。トレースクラスなら変わりません。
と書く。正しいのは順序の交換です。
極分解を対称な形だと思う。左右で別の分解になります。

大きさと向きに分ける。この 手で、作用素の細かい分類がすべて特異値の数列の問題に変わります。

参考文献

Polar decomposition - Wikipedia
Trace class - Wikipedia
Spurklasse - Wikipedia
Décomposition polaire - Wikipédia
複素数の $z = e^{i\theta}|z|$ にあたる分解が、作用素にもあります。$|T| = (T^{*}T)^{1/2}$ が大きさ、部分等長 $U$ が向き。$|T|$ の固有値を並べた特異値が、そのまま作用素の階級を決めます。和が収束すればトレースクラス、二乗和ならヒルベルト・シュミット、$0$ に近づくだけならコンパクト。対角作用素での見分け方、境目に立つボルテラ作用素、核 $\min(s,t)$ のトレースを 2 通りで出す計算まで並べました。