正の作用素はどれも「平方根」をただ 1 つもつ
単位行列の平方根はいくつもある。 と はもちろん、 のような鏡映もすべて二乗すると になる。
数を絞る条件が正値性である。正の作用素にかぎると、正の平方根はただ つに決まる[4]。
この一意性が、極分解にも作用素の順序にも効いてくる。まず正の作用素とは何かから始める。
正の作用素
を複素ヒルベルト空間、 を有界作用素とする。すべての で次が成り立つとき、 を正という[1]。
値が実数であることまで条件に含まれている。複素の場合はここから自己共役性が出る[4]。
が実数なら となり、分極恒等式から が従う。
実ヒルベルト空間ではこうならない。 度の回転は をみたすが、対称ではない[4]。
同値な言いかえ
自己共役な作用素については、正であることが次のどれとも同値になる[1]。
つ目がいちばん使いやすい。自己共役なのでスペクトルは実数の上にあり、あとは負の側に出るかどうかを見るだけである[3]。
例:2 次の行列で見る
次の行列を調べる。
二次形式を計算すると になる。平方の和に組み直せる。
どの項も 以上なので、 は正である。固有値は と で、どちらも正になっている。
作用素の順序
正値性を使うと、作用素どうしを比べられる。 が正のとき と書く[4]。
反射律と推移律は明らかである。反対称律も出る。 かつ なら、すべての で になり、自己共役性から が従う。
ただし全順序ではない。比べられない組がある。
と をとると、 である。これは正でも負でもない。
正の作用素の全体は錐をなす。足し算と正のスカラー倍で閉じているが、引き算では出てしまう[1]。
平方根の作り方
を正の作用素とする。スペクトルは に入るので、 が の上で連続である[1]。
連続関数カルキュラスで が定まる。これを と書く。
なので、準同型性から になる。 が非負なのでスペクトルも非負、つまり も正である。
一意性も同じ道具から出る。 が をみたすとしよう。
と二乗を合成すると恒等関数なので、 である。したがって になる。
と可換な作用素は とも可換である。多項式で近似する作り方から従う。
例:単位行列に戻る
冒頭の話を整理する。 の平方根は無数にある。 も も二乗すれば になる。
そのうち正のものは だけである。 は固有値に を持つので正ではない。
条件を「正」に絞った瞬間、候補が つに落ちる。
例:平方根を計算する
さきほどの の平方根を出す。固有値 と に対応する固有ベクトルは と の向きである。
固有値の平方根をとって組み直すと、次の形になる。
数値にすると対角が 、非対角が である。
二乗して確かめる。対角成分は になった。
非対角成分は である。もとの に戻った。

直交射影
正の作用素のうち、直交射影はとくに素直な形をしている。次の つで特徴づけられる[2]。
このとき は、ある閉部分空間の上への直交射影になる。逆に、どの閉部分空間にも射影がただ つ対応する[2]。
正であることも計算で出る。
上からもおさえられる。 なので である。順序で書けば になる。
ならノルムはちょうど である[2]。
和と積はいつ射影になるか
つの射影を足したり掛けたりしても、射影になるとはかぎらない[2]。
が射影になるのは のときだけである。 つの部分空間が直交していることを意味する。
が射影になるのは のとき。そのとき像は つの部分空間の共通部分になる[2]。
順序も部分空間の言葉に翻訳できる。 であることと、 の像が の像に含まれることは同値である[2]。
例:可換でない 2 つの射影
平面で試す。 を 軸への射影、 を 度の直線への射影とする。
順に掛けると結果が違う。
を二乗すると になり、 とは違う。射影ではない。
つの直線の共通部分は原点だけである。可換でないので、その事実が積には現れない。

スペクトル分解へつながる
自己共役な作用素には、単位の分解と呼ばれる射影の族 が対応する[3]。
積分の測度の役割を射影が担っている。対角化を無限次元へ延ばした形である。
正値性は の範囲だけに測度が乗ることに対応する。順序も平方根も、この分解の上では固有値の話に戻る[3]。
スペクトルが に入る。平方根がただ 1 つ決まる
スペクトルが に入る。閉部分空間と 1 対 1 に対応する
冒頭の問いに、ここまでの条件を当ててみる。
次の単位行列の平方根のうち、正の作用素であるものはいくつあるか。
- 無数にある
- つだけ
- つ
検算
平方根を求めたら二乗して戻す。対角成分と非対角成分を別々に確かめると、計算違いが見つけやすい。
射影かどうかは と を比べる。ずれていれば射影ではない。
順序を主張するときは の二次形式を書き、平方の和に組み直せるかを見る。組み直せなければ、負になる方向が残っている。
正値性という つの条件が、平方根の一意性も射影の特徴づけも支えている。










diag(1,−1) や diag(−1,1) も二乗すれば単位行列に戻るので、平方根そのものは無数にある。そのうち固有値がすべて非負なのは I だけである。2 つと答えるのは −I を数えた場合だが、−I の固有値は −1 で正ではない。