ノルムの n 乗根が落ち着く先 - ゲルファントのスペクトル半径公式
ノルムを見てもスペクトルの広がりは分からない。
である。ところが固有値は だけで、スペクトル半径は になる[1]。
ゲルファントの公式が、その差を埋める。 乗のノルムの 乗根をとると、正確な値へ収束する。
スペクトル半径
を有界作用素とし、スペクトルを と書く。スペクトル半径は次で定める[3]。
原点を中心にして、スペクトル全体を包む最小の閉円板の半径である。
なら は可逆なので、 がいつでも成り立つ[2]。
ゲルファントの公式
極限が下限にも一致するところが強い。どの で計算しても、 は 以上になる。
の場合が にあたる。 を上げるほど評価が締まっていく。
例:べき零な行列
冒頭の で確かめよう。 なので、 では である。
下限は で、極限も 。スペクトル半径 と一致した。
だけを見ると という値が出る。 回のノルムでは、まだ何も分かっていなかったことになる。
例:収束が遅い場合
次の行列を見る。
固有値は が重解なので である。 乗を計算すると、右上だけが伸びる。
ノルムはおよそ になる。 乗根をとると で、これは へ向かう。
ただし収束は遅い。 で約 、 で約 、 でも約 である。
証明の骨組み
出発点はレゾルベントのノイマン級数である。 で次のように書ける[2]。
についての冪級数と見ると、収束半径がアダマールの公式で書ける。係数のノルムの 乗根の上極限が効いてくる。
いっぽうレゾルベントは の外側で解析的である。だから展開は の範囲まで延びる。
つの範囲が一致することから、公式が出る。
レゾルベントをノイマン級数に展開する
アダマールの公式で収束半径を計算する
解析性から収束半径がスペクトル半径に一致する
n 乗根の極限がスペクトル半径になる
スペクトルが空でないことも同じ道具から出る。空だとレゾルベントが全平面で解析的かつ有界になり、リウヴィルの定理に反する[2]。
例:ボルテラ作用素
の上で、積分する作用素を考える[4]。
ノルムは である。特異値が の形になることから決まる[4]。
乗を計算すると、核が階乗で小さくなる。
ヒルベルト・シュミットノルムで上からおさえると になる。
乗根をとると へ向かう。階乗は指数関数より速く増えるためである。
スペクトルは だけ。それでも はどの でも にならない。べき零ではないのに準べき零という[4]。

例:ずらす作用素
の片側シフト を見る。 は等長なので である。
乗根も のまま。だから になる。
スペクトルは閉単位円板全体になることが知られている。半径だけを見れば、公式の値と合っている。
正規なら差が消える
正規作用素では になる[2]。ノルムがそのままスペクトルの広がりを表す。
自己共役な場合の筋道を書く。 恒等式から である。
くり返すと になる。 乗根をとると、どの でも のまま。
正規でない作用素では、この等式が崩れる。べき零行列がその極端な例である。
スペクトル半径がノルムに一致する。1 回のノルムで決まる
半径がノルムより小さくなりうる。n 乗を見ないと分からない
スペクトルの散らばりを絵にすると、差がはっきりする。

応用:反復が収束する条件
が へ向かうかどうかは、スペクトル半径だけで決まる[2]。
なら、ある で になる。その先は幾何級数的に小さくなり、 である。
ノイマン級数 も、この条件で収束する。 を作る道具になる。
という条件よりも弱い。 でも なら収束する[3]。
上の で を考えると、ノルムが を超えても反復は収束する。
スペクトル半径は である。 乗すると となり、 へ向かう。
例:ノルムをとりかえると近づく
どんな に対しても、 をみたす作用素ノルムがとれる[2]。
上の で試そう。 で基底をとりかえると、行列が変わる。
を小さくすれば、右上の成分がいくらでも小さくなる。 なら である。
このときノルムは ほど。スペクトル半径 にほぼ届いた。
ノルムは基底のとり方に依存する。スペクトル半径はしない。 つの量の性格の違いがここに出る。
数値でも確かめておく。
次の行列で、対角成分が 、右上が 、左下が のものを考える。スペクトル半径はいくつになるか。
検算のしかた
まず を計算し、 の上からの評価として押さえる。
次に や のノルムを出し、 乗根が下がるかを見る。下がり続けるなら、ノルムは真の値より大きい。
有限次元なら固有値を直接求めて突き合わせる。無限次元では、 乗の評価が唯一の手がかりになることも多い。
つまずきやすいところ
回のノルムでは足りない。何回か合成してから測ることで、はじめてスペクトルの広がりが見えてくる。












上三角行列なので、固有値は対角に並んだ 1 だけである。よってスペクトル半径は 1 になる。10 や 11 はノルムに近い値で、∥A∥ はおよそ 10.1 になる。ノルムとスペクトル半径が大きく離れる例である。