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微分作用素はなぜ有界にならないのか(定義域と閉作用素)

で をとると、どの でも です。

微分すると長さが変わります。 で、いくらでも大きくなる[1]。

微分は有界作用素になりません。そして有界でない作用素は、空間全体では定義できない。定義域を書き添えて、はじめて作用素になります[2]。

定義域つきの作用素

作用素 を、部分空間 の上だけで定義された線形写像とします[1]。

が で稠密なら、稠密に定義されているといいます。随伴を作るために要る条件です[3]。

同じ式でも定義域が違えば別の作用素になる。あとで見るように、自己共役かどうかまで変わります。

例:微分で長さが伸びる

を計算します。二乗の積分は次のようになる。

微分は です。同じ計算で になります。

倍率に上限がありません。作用素ノルムが定義できないので、有界作用素ではない[1]。

閉作用素

有界性の代わりになる性質が閉性です。グラフを考えます[1]。

が閉集合のとき、 を閉作用素といいます。点列の言葉では次のようになる[3]。

かつ ならば、 で 。有界なら極限が自動で追随しますが、閉性はそこまで要求しません。

が収束する場合にだけ条件を課す。この弱さのおかげで、非有界な作用素にも当てはまります。

閉グラフ定理が線を引く

閉グラフ定理は、閉作用素で定義域が空間全体なら有界だと言います[1]。

対偶をとると効きめが分かる。非有界な閉作用素は、空間全体では定義できません。

だから定義域を狭めることが、逃げではなく必然になります。微分作用素を扱うには、微分できる関数だけを集めた部分空間が要る。

非有界な作用素を扱いたい

全体で定義すると閉グラフ定理に反する

定義域を稠密な部分空間に狭める

閉作用素として扱えるようになる

ヘリンガー・テープリッツの定理

対称性を仮定すると、もっと強い形になります[2]。

全体で定義された対称作用素は有界である。これがヘリンガー・テープリッツの定理です。

証明は閉グラフ定理から出ます。、 とし、任意の で内積を計算しましょう。

対称性を 回使いました。 は任意なので となり、グラフが閉じています。

定義域が全体なので、閉グラフ定理から有界。対偶をとれば、非有界な対称作用素は全体では定義できないと分かります[2]。

量子力学では、エネルギーのような観測量が非有界になります。だから状態空間の全体ではなく、稠密な部分空間の上で扱う[2]。

随伴の定義域

非有界だと、随伴の定義域も自分で決まります[1]。

有界なら、リースの表現定理でその汎関数を表す元がとれます。それを と定めます。

が稠密に定義されていれば は一意に決まり、しかも閉作用素になります[3]。

対称と自己共役の違い

の上で が成り立つとき、 を対称といいます。

このとき で、 は の拡張になっています。自己共役はもっと強い条件です[1]。

定義域まで一致することを要求する。有界なら両者に差はありませんが、非有界だとはっきり分かれます。

対称

で式が一致する。定義域は狭くてよい

自己共役

定義域まで一致する。スペクトル定理が使えるのはこちら

例:区間上の微分作用素

で を考えます。部分積分をすると境界項が出ます。

この項が消えるように定義域を選ぶ、という問題になります。選び方は 通りではありません。

両端で という条件を課すと、対称にはなりますが自己共役にはなりません。 の定義域のほうが広くなるためです[1]。

境界条件を にすると自己共役になります。 を選ぶごとに別の自己共役作用素が現れる。

例:掛け算作用素

で とします。定義域は が二乗可積分になる の全体です。

は非有界です。台を遠くへ動かせば、同じ長さの関数でも像がいくらでも伸びます。

それでも自己共役になります。 が実数値なので、内積の計算で共役をとっても形が変わりません。

非有界と自己共役は両立する。有界性は自己共役性の条件ではありません。

例:閉じない作用素

閉にできない作用素もあります。 とし、 を でない関数に固定して次を定めます。

をとりましょう。 なので です。

ところが なので のまま動きません。

がグラフの閉包に入りますが、 です。閉包がグラフになりえないので、この作用素は閉じられません[3]。

で とするとき、 はいくつですか。

__RESULT__

で、 の二乗の平均が です。積分すると になるので、ノルムは 。 は振幅そのもの、 はもとの関数のノルムになります。

例:固有値が境界条件で動く

の固有値を計算します。 を解くと です。

境界条件 に入れましょう。 となります。

固有値の列が の分だけ横へずれる。 なら です。

にすると になります。式は同じでも、定義域が違えばスペクトルが違う。

例:両端を固定すると固有値が消える

同じ式で、定義域を にしてみます。

に を入れると です。恒等的に の関数しか残りません。

固有値が つもないことになります。対称ではあっても自己共役でない作用素の、典型的なふるまいです[1]。

自己共役なら実数のスペクトルが豊かに現れる。境界条件を強くしすぎると、その構造が壊れます。

検算

非有界だと言いたいときは、ノルムが の列で像が発散する例を つ作れば足ります。

対称か自己共役かを見分けるときは、部分積分で境界項を書き出す。消える条件が定義域の候補になります。

の定義域が の定義域より広ければ、対称ではあっても自己共役ではありません。

よくある誤り

定義域を書かずに作用素を指定する。同じ式でも別の作用素になります。
対称なら自己共役だと考える。定義域の一致まで要ります。
非有界な作用素を空間全体で定義する。閉グラフ定理に反します。
閉であることと有界であることを同じ扱いにする。閉は弱い条件です。
自己共役でない対称作用素にスペクトル定理を当てる。使えるのは自己共役のときです。
非有界だから病的だと考える。微分も掛け算も、ふつうに現れる作用素です。
すべての作用素が閉包をもつと思う。閉じられない例があります。

定義域は付け足しではありません。どこまでを作用素の住所と決めるかが、性質そのものを決めています。

参考

Unbounded operator - Wikipedia
Hellinger–Toeplitz theorem - Wikipedia
Opérateur non borné - Wikipédia
$\sqrt{2}\sin(n\pi x)$ は長さ $1$ のまま、微分すると長さが $n\pi$ になります。倍率に上限がないので微分は有界作用素になりません。閉グラフ定理があるかぎり、非有界な閉作用素は空間全体では定義できない。だから定義域を稠密な部分空間に狭めます。全体で定義された対称作用素が有界になるヘリンガー・テープリッツの定理、随伴の定義域の決まり方、対称と自己共役の差、境界条件を変えると固有値が横へずれる計算まで。