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作用素に関数を代入する(関数カルキュラスとスペクトル写像定理)

行列なら のような式はすぐ書けます。足し算と掛け算しか使っていません。

や はどうでしょう。多項式では書けないので、別の作り方が要ります。

作り方は段階に分かれます。多項式、正則関数、連続関数の順に広がっていく[1]。どの段階でも、スペクトルが でそのまま写るという性質が付いてきます。

多項式を代入する

に対し、 と定めます。

この対応は代数の準同型です。 が成り立つ。

スペクトルも素直に写ります[2]。

片側は因数分解で出ます。 とすると、 は で割り切れる。

代入すると です。右辺は を含むので可逆になりません[4]。

例:対角行列で確かめる

、 とします。

です。スペクトルは になります。

いっぽう 。一致しました。

が可逆でないのは、 の中に の零点があるためです。 が をみたしています。

冪級数では足りない

多項式の次は冪級数です。 はどの でも収束します。

ところが収束半径が有限だと困る。対数の級数は単位円板でしか収束しないので、 では使えません[4]。

スペクトルが原点から離れていれば を作れるはずなのに、級数の形では届かない。もっと柔軟な定義が要ります。

積分で定める

コーシーの積分公式を作用素に持ち込みます[1,4]。

は を内側に囲み、 とは交わらない曲線です。 はその近くで正則とします。

をレゾルベントと呼びます。 の外側で解析的なので、積分が意味を持つ[2]。

曲線の選び方によらないことも示せます。 つの曲線のあいだで被積分関数が正則なので、コーシーの定理から差が消えます[4]。

例:積分から T が出てくる

定義が多項式と食い違わないことを確かめます。 を入れましょう。

ではレゾルベントが級数に展開できます。

これを掛けて項別に積分します。 は のときだけ で、ほかは です。

残るのは の項、つまり そのもの。 を入れると の項が残り、 が出ます。

多項式の場合と一致しました。積分の定義は、これまでの定め方を含んでいます[4]。

例:指数関数のスペクトル

とします。 です。

スペクトルは になりました。もとのスペクトル を指数関数で送った集合と同じです。

正則関数の場合でもスペクトル写像定理が成り立ちます[1,2]。証明の筋は多項式のときと同じで、 を でくくります[4]。

例:級数では届かない対数

で対数を考えます。 の級数は の形です。

なので 。収束半径が なので、この級数は使えません。

積分の定義なら問題ありません。 は原点から離れているので、負の実軸を避けて囲む曲線がとれます。

出てくる答えは です。

級数の収束半径は のノルムで決まりますが、積分の定義はスペクトルの位置だけを見ます。ノルムが大きくても、スペクトルが原点から離れていれば作れる[4]。

連続関数まで広げる

正則という条件も落とせます。ただし作用素の側に条件が要る。

を 代数の正規元とすると、 から の生成する部分代数への等長 同型があります[3]。

連続関数 に対して が定まり、ノルムも保たれます。

作り方は近似です。 はコンパクトなので、連続関数は多項式で一様に近づけられます。その多項式を代入した列が収束する。

連続関数を多項式で一様近似する

多項式を代入した作用素の列を作る

ノルムが一致するので列はコーシー列になる

極限として f(a) を定める

例:平方根を作る

を正の作用素とします。スペクトルは に含まれます。

は の上で連続なので、連続関数カルキュラスが使えます。

なので、準同型性から です。平方根が作れました。

スペクトルは 。もとのスペクトルの平方根が並びます[3]。

可逆かどうかが読める

スペクトル写像定理の使い道の つが、可逆性の判定です。

が可逆であることと、 は同じこと。つまり が の上で にならない、という条件になります[3]。

スペクトル半径も同じ形で出ます。 です。

作用素の言葉が、スペクトルという集合の上の関数の言葉に翻訳される。ここが関数カルキュラスの効きどころになります[1]。

正則関数カルキュラス

どの有界作用素にも使える。関数はスペクトルの近くで正則

連続関数カルキュラス

正規な作用素にかぎる。そのかわり連続なだけでよい

多項式の場合に戻って、スペクトルの動きを追ってみます。

、 のとき、 はどれですか。

__RESULT__

スペクトル写像定理から を計算すればよく、 になります。 はもとのスペクトル、 は を当てた場合の値です。

まちがえやすいところ

の定義域をスペクトルより狭くとる。囲む曲線がとれなくなります。
正則でない関数を積分の定義に入れる。連続なだけでは足りません。
連続関数カルキュラスを正規でない作用素に当てる。等長性が崩れます。
冪級数の収束半径だけで判断する。積分の定義はもっと広く使えます。
を の一部だと思う。等号が成り立ちます。
の可逆性を の可逆性から判断する。見るのは の零点の位置です。

作用素に関数を入れる操作は、スペクトルという集合の上で関数を動かす操作に置きかわります。行列の対角化がしていたことが、そのまま無限次元へ延びている。

参考

Functional calculus. Encyclopedia of Mathematics.
Spectrum of an operator. Encyclopedia of Mathematics.
Spectral mapping theorem. PlanetMath.
Holomorphic functional calculus. Wikipedia.
$A^2 - 3A + 2I$ なら足し算と掛け算で書けますが、$e^A$ や $\sqrt{A}$ は多項式になりません。作り方は多項式、正則関数、連続関数と段階を踏んで広がります。どの段階でも $\sigma(f(T)) = f(\sigma(T))$ が成り立ち、$f(T)$ が可逆かどうかは $f$ の零点がスペクトルに載るかで決まる。レゾルベントを囲む積分は級数より広く使え、ノルムが $2$ でも対数が作れます。正の作用素の平方根まで扱いました。