二重級数の順序の交換について|非負なら自由・絶対収束なら自由
添字が 2 つ付いた和では、足す順序を変えると値が変わることがあります。
こうなる例が実際にあります。交換してよいのは、項がすべて非負であるか、絶対値の和が有限であるかのどちらかの場合です。
以下では和の意味を整理し、順序が入れ替わらない例を作り、交換を保証する 2 つの定理を証明します。
和の意味は 1 つに決まらない
数列 ()が与えられたとき、「全部足す」という言い方には複数の解釈があります。
行に沿って足してから縦に足す方法、列に沿って足してから横に足す方法、そして添字の有限集合を少しずつ広げていく方法です。
先に片方の添字で足し、その結果をもう一方の添字で足します。 と の 2 通りがあります。
添字の有限部分集合 を取って を作り、 を広げていったときの極限を考えます。広げ方によらず同じ値になるとき、無条件和が存在するといいます。
有限個の和なら、どの解釈も同じ値です。無限個になると一致しなくなることがあります。
有限和ではなぜ起きないのか
有限個の数を足すとき、順序を変えてよいことは交換法則と結合法則から従います。何度並べ替えても、足す相手は同じ有限個です。
無限和はそうではありません。 は部分和の極限として定義される量で、足し算そのものではなく極限操作です。
累次和 には極限が 2 つ入っています。順序の交換とは、2 つの極限操作を入れ替えてよいかという問いになります。
異なる極限操作は、一般には入れ替えられません。項別微分や項別積分で同じ問題が現れるのも、同じ理由です。
計算例:順序を変えると値が変わる配列
次のように を定めます。対角線に 、そのすぐ下に 、あとはすべて です。
行に沿って足します。 を固定して で足すことになります。
の行には の しかないので、行の和は です。 の行には の と の があるので、行の和は になります。
次に列に沿って足します。 を固定すると、 の と の が必ず対になって現れます。
同じ配列から と が出てきました。順序の交換は無条件には許されません。
<svg viewBox="0 0 460 250" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<rect x="90" y="50" width="240" height="160" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<line x1="150" y1="50" x2="150" y2="210" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="210" y1="50" x2="210" y2="210" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="270" y1="50" x2="270" y2="210" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="90" y1="90" x2="330" y2="90" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="90" y1="130" x2="330" y2="130" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="90" y1="170" x2="330" y2="170" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<text x="113" y="76" font-size="12" fill="#1b81e0">1</text>
<text x="173" y="116" font-size="12" fill="#1b81e0">1</text>
<text x="233" y="156" font-size="12" fill="#1b81e0">1</text>
<text x="293" y="196" font-size="12" fill="#1b81e0">1</text>
<text x="108" y="116" font-size="12" fill="#d0562a">-1</text>
<text x="168" y="156" font-size="12" fill="#d0562a">-1</text>
<text x="228" y="196" font-size="12" fill="#d0562a">-1</text>
<text x="55" y="26" font-size="11" fill="#1f1f1f">対角に 1、その左下に -1 を置いた配列</text>
<text x="344" y="76" font-size="11" fill="#9a9a9a">行の和 1</text>
<text x="344" y="116" font-size="11" fill="#9a9a9a">行の和 0</text>
<text x="344" y="156" font-size="11" fill="#9a9a9a">行の和 0</text>
<text x="96" y="232" font-size="11" fill="#9a9a9a">列の和はどれも 0</text>
<text x="55" y="248" font-size="11" fill="#9a9a9a">行から足すと 1、列から足すと 0 になる</text>
</svg>どこが悪かったのか
この配列は、絶対値を取ると和が発散します。 の行には絶対値 の項が 2 つずつあるからです。
順序で値が変わるのは、正の寄与と負の寄与がどちらも無限大で、その打ち消し方が順序に依存するためです。
1 重の級数でも同じことが起きます。条件収束する級数は、並べ替えで和をどんな値にもできます。二重級数の順序交換は、この現象が 2 次元で現れたものだと読めます。
非負なら順序を気にしなくてよい
まず、項がすべて非負の場合を片づけます。この場合は打ち消し合いがないので、何も起きません。
定理。 とします。このとき 2 つの累次和と無条件和はすべて一致します。値が になる場合も含めて成り立ちます。
右端の上限は、添字の有限部分集合 をすべて動かして取ります。
証明:非負の場合
を上の上限とします。まず を示します。
有限集合 を取ると、 に現れる は有限個です。各 について の中の項の和は 以下なので、足し合わせて次を得ます。
について上限を取れば です。
逆向きを示します。どこかの行で なら、その行の有限部分和がいくらでも大きくなるので となり、両辺とも で一致します。
そうでない場合を考えます。 と を取り、各 について を十分大きく選んで、内側の和を の誤差まで近似します。
左辺は有限部分和なので 以下です。したがって となります。
は任意、 も任意なので です。両向き合わせて等号になります。
と の役割は対称なので、もう一方の累次和も に等しくなります。
絶対収束なら順序を気にしなくてよい
一般の符号の場合は、絶対値の和が有限であれば同じ結論になります。
定理。 とします。このとき 2 つの累次和はどちらも収束し、値が一致します。無条件和も同じ値です。
証明:絶対収束の場合
正の部分と負の部分に分けます。
このとき と が成り立ちます。 と はどちらも非負で、 以下です。
仮定から と はどちらも有限です。非負の場合の定理から、それぞれ順序を交換できます。
引き算が許されるのは、両方が有限だからです。右辺の 2 項をそれぞれ交換して、もう一度まとめ直せば逆順の累次和になります。
無条件和についても同じ議論が通ります。有限部分集合の上での和が、正の部分と負の部分の差として押さえられるからです。
判定は片方の累次和でできる
仮定の は、絶対値を取った非負の配列についての主張です。
非負の場合の定理から、この量は順序によらず決まります。したがって、計算しやすいほうの累次和で判定すればかまいません。
絶対値を取る
計算しやすい順序で累次和を出す
有限なら交換してよい
実際の場面ではこの手順で足ります。片方の累次和が有限だと分かった時点で、もとの級数の順序は自由になります。
無条件に足せるのは絶対収束のときだけ
順序を気にせず足せる、という性質は絶対収束と同値です。
実数の族について、並べ方によらず同じ値に収束することと、絶対値の和が有限であることは同じ条件になります。片方が成り立てば他方も成り立ちます。
だから「絶対収束を確かめる」という手続きは、遠回りに見えて実は必要十分です。条件収束の範囲では、順序を自由にする方法はありません。
二重級数 の累次和を交換してよいのは、どれが成り立つときですか。
- 2 つの累次和がどちらも収束するとき
- 絶対値の和 が有限のとき
- 各行の和 が に収束するとき
部分和の取り方でも変わる
無条件和を考えるとき、有限集合の広げ方にはいくつか標準的なものがあります。
正方形に広げる方法は 、長方形に広げる方法は 、対角線に沿う方法は の値ごとに足していく方法です。
絶対収束していれば、どの広げ方でも同じ値に収束します。していなければ、広げ方ごとに違う値が出ることがあります。
<svg viewBox="0 0 460 220" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<rect x="50" y="60" width="110" height="110" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="50" y="60" width="66" height="66" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.8"></rect>
<rect x="175" y="60" width="110" height="110" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="175" y="60" width="88" height="44" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.8"></rect>
<rect x="300" y="60" width="110" height="110" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<polyline points="300,148 388,60" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="1.8"></polyline>
<polyline points="300,104 344,60" fill="none" stroke="#9a9a9a" stroke-width="1.2"></polyline>
<text x="55" y="30" font-size="11" fill="#1f1f1f">同じ配列でも、どこから足すかで別の極限になりうる</text>
<text x="66" y="192" font-size="11" fill="#1b81e0">正方形に広げる</text>
<text x="192" y="192" font-size="11" fill="#1b81e0">長方形に広げる</text>
<text x="312" y="192" font-size="11" fill="#1b81e0">対角線で足す</text>
<text x="55" y="212" font-size="11" fill="#9a9a9a">絶対収束していれば、どの広げ方でも同じ値になる</text>
</svg>積の級数との関係
2 つの級数の積を展開すると、二重級数が現れます。
右辺を対角線に沿って足したものがコーシー積です。 が同じ項をまとめて 1 つの項にします。
両方の級数が絶対収束していれば、 も有限です。したがって足す順序は自由で、コーシー積が積に等しくなります。
指数関数の も、この形の議論で示されます。
計算例:等比型の二重級数
非負の配列なので、順序を気にせず計算できます。
分けて計算できるのは、項が だけの式と だけの式の積になっているからです。この形は変数分離型と呼ばれます。
対角線に沿って足しても同じ値になります。 となる項は 個あり、各項は です。
計算例:約数の個数が現れる級数
とします。次の和を考えます。すべて正なので順序は自由です。
各項を等比級数に開きます。 です。
今度は の値ごとにまとめ直します。 が現れる回数は、 と書ける組 の個数、つまり の約数の個数です。
は の約数の個数です。足す順序を変えるだけで、約数の個数を数える式が出てきました。
計算例:ゼータ関数の 2 乗
同じ発想を に使います。積を二重級数に開きます。
すべて正なので順序は自由です。 でまとめ直します。
したがって が成り立ちます。
順序を変えて足し直すという操作だけで、2 つの級数の間の関係が出てきます。非負であることが、この自由さを支えています。
計算例:符号が混ざっていても交換できる場合
非負でなくても、絶対値の和が有限なら自由に足せます。
まず絶対値を取ります。 で有限なので、順序は自由です。
そのうえで積の形に分けます。
内側の等比級数は です。したがって和は になります。
符号が交互でも、絶対値の和が有限なら心配は要りません。危ないのは、絶対値の和が発散していて打ち消し合いに頼っている場合だけです。
数え上げ測度の言葉で読む
ここで示した 2 つの定理は、積分についての定理と同じ形をしています。
非負の場合が自由に交換できるという主張はトネリの定理に、絶対値の積分が有限なら交換できるという主張はフビニの定理に対応します。
級数は、自然数の上の数え上げ測度についての積分だと見なせます。その見方をすると、この記事の 2 つの定理はそれぞれの特別な場合になります。
名前の対応を知っておくと、あとで測度論を学んだときに同じ話だと気づけます。
非負なら無条件に交換でき、符号が混ざるときは絶対値の有限性を確かめる。この 2 段構えは、級数でも積分でも共通です。
非負版が先にあり、一般の場合は正の部分と負の部分に分けてそこへ帰着させる、という筋道も同じ。











累次和が両方とも収束していても、値が違うことがあります。この記事の最初の配列がその例で、1 と 0 になりました。要るのは絶対値の和が有限であることです。