水位を上げると「形が変わる高さ」がある|モース理論
多様体の上に関数を つ置き、その臨界点を数えるだけで、多様体の形がかなり分かります[1]。
水位を上げていくと、ある高さで急に形が変わる。変わるのは臨界点を越える瞬間だけで、そこで胞体が つ貼られます。
以下ではモース関数と指数の定め方から始め、 つの基本定理、 構造、不等式、そしてエキゾチックな球面まで扱います。
モース関数
を滑らかな多様体、 を滑らかな関数とします。
微分が消える点を臨界点といいます。その点でヘッセ行列が正則なとき、臨界点は非退化であるといいます[1]。
非退化な臨界点しか持たない関数をモース関数といいます。
めったにない性質に見えますが、逆です。滑らかな関数のほとんどはモース関数で、開かつ稠密な集合をなします[3]。
指数
非退化な臨界点 における指数を、ヘッセ行列が負定値になる最大の部分空間の次元と定めます[1]。
関数が減る向きの本数、と読めます。 次元多様体なら から までの値をとります。
風景にたとえると、極小点が指数 、鞍点が指数 、極大点が指数 です。
モースの補題
非退化な臨界点 の指数を とすると、適当な座標系をとって次の形に書けます。
減る向きが 本、増える向きが 本。ほかの情報は残りません。
この形から、非退化な臨界点が孤立していると分かります。近くに別の臨界点は来られません。

臨界値をまたがなければ形は変わらない
を劣位集合と書きます。水位 より下の部分です。
第 の基本定理はこうなります[1]。
の中に臨界値がなく、そこがコンパクトなら、 と は微分同相です。しかも は へ変形レトラクトします。
水位を上げても、臨界点をまたがなければ形は変わりません。勾配に沿って押し下げれば、上のほうが下へ流れ落ちるためです。
臨界点を越えると胞体が貼られる
臨界値 を持つ指数 の臨界点を つだけまたぐとします。このとき次が成り立ちます。
胞体を つ貼ったものにホモトピー同値になる。指数がそのまま胞体の次元です。
減る向きが 本あるので、その向きへ伸びた 次元の板が新しく水面下に入る、という図です。
例: トーラスの高さ関数
トーラスを立てて置き、高さを とします。臨界点は つです[1]。
いちばん下が指数 、内側の穴の下と上が指数 で つ、いちばん上が指数 。
水位を上げると、劣位集合が順に変わります。空、円板、円筒、穴あきトーラス、トーラス。
胞体を置き、 胞体を 本貼り、最後に 胞体でふたをする。トーラスの標準的な 構造がそのまま出てきます。
例: 球面
を高さ関数で切ります。臨界点は南極と北極の つだけ。
南極が指数 、北極が指数 です。途中に臨界点がないので、そのあいだは形が変わりません。
胞体に 胞体を貼る、という最小の 構造が出ます。
例: 種数 g の閉曲面
を立てて高さで切ると、臨界点は 個になります。
極小 個、鞍点 個、極大 個です。穴が つ増えるたびに鞍点が つ増える。
胞体の個数もそのままで、 胞体 個、 胞体 個、 胞体 個です。
CW 構造が作れる
つの定理を合わせると、強い結論が出ます[1]。
コンパクトな滑らかな多様体は、指数 の臨界点ごとに 胞体を つ持つ 複体とホモトピー同値です。
多様体という滑らかな対象が、有限個の胞体という組み合わせの対象に置き換わります。関数を つ選ぶだけで、その分解が手に入る。
モースの等式
胞体の個数が分かれば、オイラー標数が読めます。指数 の臨界点の個数を と書きます[1]。
トーラスなら です。 と合っています。
なら で、偶数次元なら 、奇数次元なら 。 なら です。
関数の臨界点を数えるだけで標数が出る、という関係になります。
モースの不等式
もっと細かい制限もあります。ベッチ数を と書きます[1,3]。
各次数で、臨界点の個数がベッチ数以上になります。弱い形の不等式といいます。
強い形は交代和についての主張です。
いちばん上まで足すと等号になり、モースの等式に戻ります。
例: 臨界点の個数の下限
のベッチ数は です。弱い不等式から、どんなモース関数でも臨界点が つ以上あると分かります。
高さ関数はちょうど つでした。下限に届いている関数を完全モース関数といいます。
でも つが下限で、高さ関数がそれを実現します。
係数を変えると下限が動きます。 の有理ベッチ数は なので、有理係数では下限が にしかなりません。
係数なら で、下限は になります。実際に には臨界点 つのモース関数があります。ねじれを見る係数のほうが、強い制限を出します。
モースホモロジー
胞体を数えるだけでなく、境界作用素まで臨界点から作れます[2]。
リーマン計量を つ選び、勾配ベクトル場を考えます。各臨界点から出る流れと入る流れが横断的に交わるとき、組をモース・スメール条件をみたすといいます。
鎖複体は臨界点で生成し、指数で次数を付けます。境界作用素は、指数が だけ違う つの臨界点をつなぐ勾配の流線を、符号つきで数えたものです。
は、流線の空間をコンパクト化したときに折れた流線が 通りに現れることから出ます。
このホモロジーは特異ホモロジーと同型です[2]。関数と計量を選んで作ったのに、選び方によりません。
例: 臨界点 2 つなら球面
臨界点がちょうど つのモース関数を持つコンパクト多様体を考えます。
胞体と 胞体を つずつ貼った形なので、 とホモトピー同値です。
リーブは 1946 年に、もっと強い結論を示しました。この多様体は と同相になります[4]。
同相であって、微分同相とは言っていません。この差が次の話につながります。
例: エキゾチックな 7 次元球面
ミルナーは 1956 年に、 上のベクトル束から 次元多様体を作りました[4]。
その多様体には、非退化な臨界点をちょうど つ持つモース関数があります。リーブの定理から と同相です。
ところが微分同相ではありません。ミルナーは、この多様体が 次ベッチ数の消える滑らかな 次元多様体の境界にならないことを示しました。
には少なくとも 通りの微分構造がある、という結論になります。のちにケルヴェアとミルナーが、向きづけられたものは連結和について位数 の巡回群をなすと決めました[4]。
関数の臨界点を数えるという素朴な手続きが、微分構造の分類という深いところまで届いています。








