トレースの交代和が 0 でなければ、動かない点がある
写像が自分自身を動かすとき、動かない点があるかどうか。答えを整数 つで判定します[1]。
その整数がレフシェッツ数です。ホモロジーに誘導される線形写像のトレースを、符号を交互に変えて足したもの。

以下では定義から始め、ブラウワーの定理を系として導き、球面・射影空間・トーラスで計算を重ね、不動点指数まで扱います。
レフシェッツ数
をコンパクトで三角形分割可能な空間、 を連続写像とします[3]。
有理係数のホモロジーは有限次元のベクトル空間です。 が誘導する線形写像のトレースをとります。
有限個の項しかないので、和は定まります。ホモトピックな写像は同じ準同型を誘導するため、 はホモトピー不変です[2]。
主張
なら、 は不動点を持ちます[1]。
ホモトピー不変なので、 にホモトピックな写像もすべて不動点を持ちます。 つの計算で、写像の族全体について言える。
逆は成り立ちません。奇数次元球面の恒等写像は ですが、すべての点が不動点です。
からは何も言えない、という片側だけの判定になります。
例: 恒等写像
とすると、誘導される写像も恒等写像です。トレースは次元、つまりベッチ数になります。
レフシェッツ数はオイラー標数の一般化でした[2]。 なら、恒等写像にホモトピックな写像はすべて不動点を持ちます。
は なので、恒等写像に近い写像には必ず不動点があります。 は で、回転がその反例。
例: ブラウワーの不動点定理
とします。円板は可縮なので、 だけが残り、ほかは です[3]。
に誘導される写像は恒等写像で、トレースは 。
どんな連続写像 も不動点を持ちます。ブラウワーの定理が、レフシェッツ数の計算 行で出ました。
可縮な空間ならどれでも同じです。有理ホモロジーが 点と同じ空間は、すべて不動点性質を持ちます。
例: 球面の自己写像
とします。 でトレースは 、 でトレースは写像度です。
が偶数なら です。 なら不動点があります。
が奇数なら で、 なら不動点があります。
対蹠写像で確かめましょう。次数は なので、代入すると です。実際に不動点はありません。
例: 複素射影空間
とします。ホモロジーは偶数次に が つずつ、 次から 次まで並びます。
コホモロジー環が つの 次の元で生成されるため、 の作用は 次での倍率 で決まります。 次では 倍。
なら で、 ではありません。 なら等比数列の和として書けます。
これが になるのは かつ のとき。整数の範囲では で が偶数、つまり が奇数の場合だけです。
が偶数なら はいつも ではありません。 や の自己写像は、どれも必ず不動点を持ちます。
例: トーラス
とします。 で、 の作用を行列 で表します。
は の 次外積なので、誘導される写像は です。トレースの交代和は行列式に化けます。
判定条件は 、つまり が固有値 を持たないこと。
平行移動では なので です。実際、平行移動に不動点はありません。
例: 猫写像
の上で、行列を次のようにとります。
行列式が なのでトーラスの自己同相を定めます。レフシェッツ数を計算しましょう。
ではないので不動点があります。原点がそれにあたります。
同じ写像を 回合成すると で、これは周期 の点の個数を数えています。力学系の言葉に翻訳される場面です。
不動点指数
不動点が有限個なら、より細かい主張が成り立ちます[4]。
各不動点 のまわりに小さな球体をとり、 が誘導する境界球面の写像度を考えます。これを不動点指数 といいます。
レフシェッツ・ホップの定理です。個数ではなく符号つきの重みで数えると、ちょうどレフシェッツ数になる。
なら和が でないので、不動点が少なくとも つある。もとの定理はこの式の系として出ます。

指数が になるのは、不動点が退化していない場合です。接写像が固有値 を持たないときにあたります。
三角形分割による証明の筋
証明は単体近似から始まります。 を細分した複体の上の単体写像で置き換え、鎖の上でトレースを計算します。
ここでホップのトレース公式が効きます。鎖複体のレベルのトレースの交代和が、ホモロジーのレベルのトレースの交代和に等しい、という代数の定理です。
に不動点がないとすると、細分を十分細かくとれば、どの単体もそれ自身へ写りません。すると鎖のレベルの行列は対角成分がすべて になります。
トレースはすべて で、和も 。よって です。対偶をとれば定理になります。
例: 有限群の作用
コンパクトな空間に有限群 が作用しているとします。 の作用を とすると、不動点集合は で動かない点の集合。
ならその集合は空でありません。群の元ごとにレフシェッツ数を計算すれば、固定点の有無が読めます。
の空間に、自由な作用、つまり固定点のない作用を入れられるかどうかも判定できます。恒等写像にホモトピックな元があれば、そこで となり、自由になりません。
球面 が なので、この形の制限が働きます。偶数次元球面に自由な作用を入れられる群が限られる、という結果の出発点です。









