定義が違うのに答えが同じになる〜アイレンベルグ・スティーンロッドの公理
ホモロジーの作り方はいくつもあります。特異、単体、胞体、チェック。それぞれ定義はまるで違うのに、計算すると同じ答えが出ます。
なぜ一致するのかに答えたものが、アイレンベルグとスティーンロッドの公理です[1]。作り方を問わず、いくつかの性質さえみたせば同じものだと決まってしまう。

以下では公理を 1 つずつ並べ、公理だけから球面のホモロジーが決まることを見て、一意性定理と、次元公理を外した先の理論まで扱います。
ホモロジー論の定義
対象は、空間の対 の圏です。各整数 に対して関手 が与えられ、アーベル群を返します。
さらに自然変換 が付きます。ここで は の略記です。
この組が下の公理をみたすとき、ホモロジー論と呼びます[2]。関手性、つまり恒等写像と合成の規則は定義に含まれています。
公理 1: ホモトピー不変性
対の写像 がホモトピックなら、誘導される準同型は等しくなります。
ホモトピー同値な空間は同じホモロジーを持つ、という日ごろ使う性質が、ここから出ます。可縮な空間が 点と同じ値になるのもこれ。
公理 2: 完全性
各対 に対し、次の列が完全になります。
計算のほとんどはこの列の上で進みます。 項のうち 項が分かれば、残りに強い制限がかかる仕組みです。
公理 3: 切除
なら、包含が同型を誘導します。
ホモロジーが局所的な情報の貼り合わせで決まる、という性質を保証する公理です。ほかの公理を認めれば、Mayer-Vietoris 完全列と同値になります[1]。
公理 4: 次元
点の空間 に対して、 次以外がすべて消えます。
に来るアーベル群を係数群といいます。整数 をとれば、ふだんの特異ホモロジーになります[4]。
つのうち、この公理だけが後で外されます。外した先に別の世界が広がっている、という構図です。
公理 5: 加法性
が空間の直和 のとき、ホモロジーも直和に分かれます。
もともとの 7 つの公理には入っておらず、ミルナーが後から加えたものです[3]。無限個の成分を扱うときに要ります。
有限個なら完全性から従うので、有限 複体だけを相手にするなら気にせずに済みます。
例: 特異ホモロジーは公理をみたす
特異ホモロジーが各公理をみたすことは、どれも標準的な定理です。
ホモトピー不変性は角柱作用素、完全性は蛇の補題、切除は重心細分から出ます。次元公理は、 点への特異単体が各次数に つずつしかないことから直に確かめられます。
加法性も、特異単体の像が連結なので成分ごとに分かれる、という観察で済みます。
つまり特異ホモロジーはホモロジー論の つです。ここまでは出発点にすぎません。
公理から懸垂の同型が出る
公理の威力を見ます。空間 の懸垂 を、上下 つの円錐 , で覆いましょう。
円錐は可縮なので、ホモトピー不変性から です。交わりは へ変形レトラクトします。
切除と完全性を組み合わせると、次数が つずれた同型が出ます。
使ったのはホモトピー不変性、完全性、切除の つだけ。特異ホモロジーの構成には一度も触れていません。
例: 公理だけで球面が決まる
は 点なので、加法性と次元公理から 、他は です。ここで は係数群。
は の懸垂なので、前の同型を 回使えます。
球面の値が構成によらずに決まりました。ここから先、 複体は球面の貼り合わせなので、話が一気に進みます。
一意性定理
つのホモロジー論 と のあいだに自然変換があり、 点の上で同型だとします。
このとき有限 複体の対の上で、その自然変換はすべての次数で同型です[3]。
証明は骨格についての帰納法です。 骨格は点の直和なので仮定から同型。 骨格から 骨格へ上がるとき、対の長完全列と つの補題を使います。
球面の値が公理から決まっていたので、胞体を貼る各段でも同型が保たれます。
係数群 を固定すれば、公理をみたすホモロジー論は本質的に つ。これが冒頭の疑問への答えです。
例: 単体ホモロジーと特異ホモロジー
単体複体 の単体ホモロジーは、有限個の自由アーベル群の複体から作ります。計算は行列の基本変形だけで済みます。
いっぽう特異ホモロジーは無限生成の巨大な複体から作ります。定義の見た目は似ていません。
単体ホモロジーも公理をみたし、 点で を返します。一意性定理から、有限単体複体の上では両者が一致します。
計算は易しいほうで、理論は一般に使えるほうで。この使い分けが成り立つ根拠が一意性定理です。
例: 胞体ホモロジーも同じ
複体では、骨格の対から作る胞体鎖複体があります。 次の群は 胞体の個数ぶんの自由アーベル群でした。
これも公理をみたすので、特異ホモロジーと一致します。トーラスなら 個の胞体、射影平面なら 個で計算が終わる。
同じ空間に 通りの計算法があり、どれで計算してもよい。公理の一意性が、その自由を保証しています。
係数を変えても公理は生きる
次元公理で とだけ決めたので、 は好きなアーベル群にできます。
をとると符号が消え、向きづけを気にせず計算できます。 をとるとねじれが消え、ベッチ数だけが残ります。
の値がそのまま になることは、上の計算からすでに分かっています。係数を変える操作は、公理の枠の中に最初から用意されていました。
次元公理を外す
つのうち次元公理だけを落とすと、 点のホモロジーが 次以外にも値を持てます。こうして得られる理論を一般ホモロジー論といいます[2]。
残りの公理はそのままなので、完全列も切除も懸垂の同型も使えます。計算の道具立ては変わりません。
変わるのは出発点です。 点の値、すなわち係数が、 つの群ではなく群の列になる。
例: 安定ホモトピー群
球面の安定ホモトピー群を並べたものは、一般ホモロジー論になります[3]。
点での値は球面の安定ホモトピー群そのもので、高い次数にも有限群が次々に現れます。 次は 、その先は有限群が続く。
ふつうのホモロジーが情報を落としていたぶんを、この理論は拾っています。そのかわり計算はきわめて難しく、いまも完全には分かっていません。
例: 複素 K 理論
ベクトル束の同値類から作る理論です[5]。 点の上のベクトル束は自明なので、階数だけで分類されます。
ボット周期性により、 つずらすと同じ群に戻ります。よって係数は と無限に続きます。
有限次元の空間でも、いくらでも高い次数に でない群が現れる。次元公理が破れている様子が、いちばんはっきり見える例です。
例: 非向き付けボルディズム
次元閉多様体を、境界を共有するかどうかで分類した群です。 点の上の値は、多様体そのもののボルディズム類になります。
トムの定理により、この環は 上の多項式環です[6]。生成元は の各次数に つずつ入ります。
低い次数を書き出します。
次の生成元は実射影平面です。 次より上に値が並んでいるので、次元公理は成り立ちません。
多様体を数える問題が、ホモロジー論の言葉に翻訳されました。公理から外れた つの条件が、こういう理論を招き入れています。
コホモロジーの公理
矢印の向きをすべて逆にすると、コホモロジー論の公理になります。関手は反変になり、境界作用素は次数を つ上げます。
加法性のところだけ形が変わります。直和が直積に化けるためで、コホモロジーが積で振る舞う性質はここに由来します。
次元公理を落とせば一般コホモロジー論です。 理論もボルディズムも、ふつうはコホモロジーの側で語られます[2]。










