ホモトピー群とホモロジー群はどこで一致するのか(フレヴィッツの定理)
ホモトピー群は空間の形をよく覚えているかわりに、計算がとても難しい群です。ホモロジー群は情報を落とすかわりに、機械的に計算できます。
この 2 つのあいだに架かる橋が Hurewicz 写像で、条件がそろうと橋は同型になります。それを述べたものが Hurewicz の定理です[1]。
橋の作り方は素朴です。 次元球面の基本類を、写像で押し出すだけ。

以下では写像の作り方から始め、 次で可換化が現れる理由、高次での主張、崩れる例、相対版までを扱います。
Hurewicz 写像の作り方
の生成元を 1 つ選び、 と書きます。球面に向きを 1 つ決めたことにあたります。
の元は、 から への写像のホモトピー類でした。代表 をとると誘導準同型 が定まります。
これが Hurewicz 写像です。ホモトピックな写像は同じ準同型を誘導するので、代表のとり方によりません[3]。
準同型になることも確かめられます。 の和は球面の赤道をつぶして 2 つに分ける写像から来ており、ホモロジーの側でその写像が基本類を 2 つの成分の和へ送るからです。
例: 円周から円周への写像
いちばん単純な場合を先に見ます。、 とします。
で、整数 に対応するのは円周を 周する写像でした。 の生成元も同じ基本類です。
周する写像は基本類を 倍へ送ります。よって は 、つまり恒等写像。
同型になるいちばん易しい例です。ここでは何も失われていません。
1 次では可換化が現れる
が弧状連結なら、 の Hurewicz 写像はいつでも全射になります。ただし単射とは限りません。
核はちょうど交換子部分群 で、次の同型が成り立ちます[2,4]。
ホモロジーには道をたどる順番が残りません。 と が同じ類になってしまう、この事情が可換化に対応します。
周ぶんの差が消えるわけではありません。消えるのは順番の情報だけです。
証明: 核は交換子群に一致する
全射性から見ます。 次のサイクルは特異 単体、つまり道の整数係数の和で、境界が という条件が付いたものです。
境界が という条件は、端点が過不足なく打ち消し合うという意味でした。そこで各道の両端を基点 と結ぶ道を選び、行きと帰りをはさみ込みます。
はさみ込んだ道は打ち消し合って消えるので、サイクルの類は変わりません。こうして任意のサイクルが、基点を通るループの和として書けます。
ループの和はホモロジーでは積に読み替えられるので、 の像に入ります。よって全射です。
次に核を調べます。 は可換群なので、交換子は で へ行きます。したがって です。
逆向きが本題になります。ループ が をみたすとしましょう。あるアーベル群の 次の鎖 があって となります。
を三角形の有限個の和と見て、辺の貼り合わせ方をたどると、 が三角形の周を並べたものになります。各三角形は の中で 点へ縮められるので、その周は基本群の中で単位元。
残るのは辺の並べ替えのぶんだけです。並べ替えは交換子の積として書けるため、 は交換子群に入ります。
例: 8 の字と自由群
を 8 の字とします。 は階数 の自由群 で、可換ではありません。
可換化すると関係が全部つぶれて、生成元 つの自由アーベル群が残ります。
自由群と自由アーベル群の差が、そのまま Hurewicz 写像の核です。核は交換子 たちが生む無限階数の群になります。
個の円周の花束でも同じで、。基本群のほうは階数 の自由群です。
例: トーラス
とします。基本群は で、はじめから可換です。
可換化しても何も変わらないので、Hurewicz 写像は同型になります。
高次では様子が違います。普遍被覆が で可縮なので、()。いっぽう です。
次では から への写像なので、同型にはなりません。トーラスが単連結でないため、高次の Hurewicz の定理を当てられない例になります。
例: クラインの壺
クラインの壺の基本群は、次の表示を持ちます。
可換化では文字の順番を自由に入れ替えられるので、関係式は 、つまり に化けます。
ねじれが出てきました。向きづけできない曲面の特徴が、 次のホモロジーにねじれとして現れています。
同じ計算を実射影平面でやると が可換なので、 です。
例: 種数 g の閉曲面
向きづけ可能な種数 の閉曲面 では、基本群が 個の生成元と関係式 つで書けます。
関係式は交換子の積です。可換化するとこれは自動的に になり、関係が消えてしまいます。
種数さえ決まれば 次ホモロジーが決まる、という便利な結果が出ました。そのかわり、貼り合わせ方の情報は落ちています。
例: ポアンカレのホモロジー球面
から単連結を導きたくなりますが、これはできません。
ポアンカレのホモロジー球面 は 次元多様体で、ホモロジー群が とすべて一致します[5]。それでも基本群は位数 の二項正二十面体群で、自明ではありません。
からくりは可換化にあります。この群は完全群、つまり自分自身の交換子群と一致する群です。
Hurewicz 写像は を丸ごとつぶします。 が見ているのは可換化だけなので、完全群はまったく見えません。
ポアンカレが最初のポアンカレ予想を撤回するきっかけになった例でもあります。ホモロジーで球面と区別できないのに、球面ではない多様体。
高次の主張
とします。 が 連結、つまり のすべてで としましょう。
このとき で となり、 次で同型が出ます[1]。
さらに つ上の次数では全射までが言えます。同型は 次で止まる、という形。

を除いてある点は大事です。高次のホモトピー群ははじめから可換なので、可換化という手間は入りません。
例: n 次元球面
()は 連結です。低い次元の球面はすべて の中で縮まるからです。
定理を当てると、 で と が対応し、 次で同型が出ます。
生成元は恒等写像です。整数の側は写像度にあたり、 倍の元は 度の写像に対応します[6]。
球面のホモトピー群のうち、いちばん基本的な段がこれで決まりました。手で計算するとかなり大変なところを、ホモロジーの計算に肩代わりさせています。
証明の筋
証明はふつう 複体に持ち込んで進めます。任意の空間は弱ホモトピー同値な 複体で置き換えられ、両辺とも弱ホモトピー同値で不変だからです。
連結な 複体は、 次までの胞体を 点に縮めた形にとり替えられます。つまり 点と 次以上の胞体だけからなる複体。
そこまで来ると胞体鎖複体は 次より下が になり、 が 胞体の生む自由アーベル群の商として直に読めます。
いっぽう の側は、 胞体の貼り付け写像が生成元を与え、 胞体が関係式を与えます。両者の記述が一致するので同型です。
次で全射までしか言えない理由も、この記述から見えます。 には 胞体から来ない元、たとえば高次の球面写像から来る元が混じるためです。
例: 1 つ上の次数では崩れる
で試します。単連結なので 次では同型で、 です。
次に上がると事情が変わります。ホップが見つけた写像が、無限巡回群を生成します[6]。
Hurewicz 写像は を へ送ります。全射ではあるものの、単射ではありません。
つ上の次数で全射どまりという主張が、ここでちょうど飽和しています。
例: 実射影平面では単射でない
の普遍被覆は で、被覆写像は高次のホモトピー群を保ちます。
ホモロジーの側は 係数でないと 次が出ません。整数係数では向きづけできないぶんが効いて です。
から への写像なので、Hurewicz 写像は単射になりません。単連結という仮定を落とすと 次でも壊れる、という見本です。
例: 無限生成になる例
を考えます。 なので単連結ではありません。
普遍被覆は直線に、整数の各点で 次元球面を貼り付けた空間です。球面が無限個あるので、 はアーベル群として無限生成になります。
いっぽう で、こちらは有限生成です。
無限生成の群から への写像なので、核は巨大です。基本群が 次のホモトピー群に作用して、球面のコピーを移し合っているぶんが、ホモロジーでは全部つぶれています。
系: 単連結でホモロジーが消えれば可縮
Hurewicz の定理は、単独で使うより組み合わせて使うほうが多い道具です。代表的な系を挙げます。
を単連結な 複体とし、すべての で としましょう。このとき は可縮です。
筋はこうなります。まず と から、定理により 。すると は 連結になります。
同じ議論を上へ繰り返すと、すべての で です。あとはホワイトヘッドの定理を 点への写像に当てるだけ。
ホモロジーという計算しやすい量だけで、可縮性という強い結論が出ました。
相対版
対 に対しても同じ形の主張があります。 が空でなく、 と がともに弧状連結だとします。
対が 連結、すなわち で とすると、 で になります。
次では少し弱まります。 が に作用しており、その作用でつぶした商が に一致するという形です[1]。
が単連結なら作用が消えるので、そのまま同型になります。絶対版で 次に可換化が現れたのと、事情は同じ。
例: 球体と球面の対
で確かめます。 は可縮で は 連結なので、長完全列から対は 連結です。
相対ホモロジーのほうは、対の完全列か切除から直に出ます。
なら は単連結なので、作用でつぶす必要がありません。両辺そのまま で一致します。
では が単連結でないため、作用を考える必要が出ます。ここでも 次元だけ事情が違う、という構図が繰り返されます。
有理版
係数を有理数にとり替えると、同型の範囲が広がります。 を単連結とし、 で としましょう。
このとき で有理化した写像が同型になり、 で全射です[1]。
整数係数では 次で止まっていた同型が、 次まで伸びました。ねじれを捨てるとホモトピー群とホモロジー群の距離が縮む、という現象です。
有理ホモトピー論はこの観察から始まります。球面の有理ホモトピー群が有限個の例外を除いて消える、といった結果もここから出てきます。









