図では明らかなのに証明が要る〜ジョルダン曲線定理と領域不変性
平面に単純閉曲線を描くと、平面が内側と外側の つに分かれる。誰もが正しいと思うのに、証明はやさしくありません[1]。
ジョルダンが 1887 年に発表した論証は不完全とされ、ヴェブレンが 1905 年に完全な証明を与えました[3]。図の直観をそのまま数式にできない、という難しさがあります。
以下ではホモロジーによる証明の筋をたどり、高い次元への一般化、領域不変性、そして貼り合わせが素直でない例までを扱います。
主張
を平面の単純閉曲線、つまり円周と同相な部分集合とします。
補集合 はちょうど つの連結成分に分かれ、片方は有界、もう片方は非有界です[1]。
どちらの成分も、境界が そのものになります。有界なほうを内部、非有界なほうを外部といいます。
証明の筋
素直に進む道はホモロジーです。 のかわりに で考えると、無限遠の扱いが楽になります。
必要なのは つの補題です。どちらも次元についての帰納法で示します[1]。
第 に、 の中の 次元球体と同相な部分集合をとると、その補集合は非輪状です。簡約ホモロジーがすべて消えます。
第 に、 の中の 次元球面と同相な部分集合をとると、補集合のホモロジーは か所にだけ立ちます。
補題の示し方
球体の場合から見ます。 なら 点で、補集合は なので非輪状です。
次元の球体 を、真ん中で つの 次元球体 , に切ります。交わりは 次元の球体です。
補集合たちに Mayer-Vietoris 完全列を当てます。帰納法の仮定から交わりの側が非輪状なので、 のホモロジーが と の側から決まります。
もし に でない類があれば、切り分けをくり返すことで、いくらでも小さい球体の補集合に でない類が残ってしまいます。コンパクト性を使うと矛盾が出ます。
球面の場合は、球面を上下 つの球体に分けて同じ完全列を使います。今度は交わりが 次元球面なので、次数が つずれた漸化式になります。
例: 平面の場合
、 とします。 なので、簡約 次に が立ちます。
簡約 次が とは、連結成分が つという意味でした。無限遠点を除くと、平面が つに分かれます。
次が なので、どちらの成分も穴を持ちません。円板と同じホモロジーになります。
例: 高い次元
、 とすると、 次元空間に埋め込まれた球面が空間を つに分けます。
一般に、 の中の 次元球面は空間を つに分けます。ジョルダン・ブラウワーの分離定理といいます[3]。
が小さい場合も読めます。、、つまり 次元空間の中の結び目なら です。補集合は連結で、 次に が立ちます。
結び目が空間を分けないことと、まわりを 周するループが消せないことが、同じ式から出ました。

例: 2 つの領域の境界はどちらも曲線全体
分かれた つの成分について、境界がどうなるかも主張に含まれます。
内部の境界も外部の境界も、 全体と一致します。片方だけに面した点はありません。
素朴に見えて、これも自明ではありません。曲線がどこかで自分に押しつぶされていれば、片側からしか触れない点がありそうに思えます。
単純閉曲線という仮定、つまり自己交叉がないことが効いています。高い次元でも同じで、分けられた つの成分の境界はどちらも埋め込まれた球面そのものになります[3]。
例: 平面グラフとオイラーの公式
グラフを平面に描けるかどうかの議論も、この定理に支えられています。
頂点を線で結んだ閉じた道は単純閉曲線です。したがって平面を内と外に分けます。この分離があってはじめて、面という概念が定まる。
面の個数が数えられれば、オイラーの公式 が意味を持ちます。
が平面に描けないことの証明でも、まず 頂点を通る三角形が平面を分けることを使います。残りの 頂点は内か外のどちらかに入り、そこから先の線が引けなくなる。
分離という結論を認めない立場では、この種の議論が全部止まります。図で見れば当たり前のことを、定理として置いておく必要があるわけです。
領域不変性
同じ道具立てから、もう つの基本定理が出ます[2]。
を の開集合とし、 を連続な単射とします。このとき像 は開集合で、 は から への同相写像です。
単射で連続、というだけで開写像になる。次元がそろっているところが効きます。
ブラウワーが 1912 年に示した定理で、証明にはホモロジーか不動点定理が要ります[2]。
例: 次元の違う空間は同相でない
とし、 と が同相だと仮定します。 としましょう。
を の中の 次元部分空間と見ると、同相写像から連続な単射 が作れます。
領域不変性から像は開集合になります。ところが像は 次元部分空間の中にあり、 次元の空間では内点を持ちません。
矛盾します。したがって次元が違えば同相ではありません。
座標の個数が位相だけで決まる、という基本的な事実が、ここから出ます。
例: 仮定を落とすと崩れる
次元をそろえないと成り立ちません。 を とします[2]。
連続で単射ですが、像は平面の中で開集合ではありません。線分に内点がないためです。
単射でない場合も崩れます。 を で考えると、像が自分自身と交わり、同相写像になりません。
無限次元でも成り立ちません。バナッハ空間ではずらし作用素が反例を与えます。
例: 多様体の境界が定まる
領域不変性の応用として、境界の概念が座標によらないことが示せます。
次元多様体の点が内部の点だとします。 の開集合と同相な近傍を持つ、という意味です。
もし同じ点が境界の点でもあるなら、半空間の境界上の点と同相な近傍を持ちます。半空間の境界の点は、どの近傍をとっても の中で開になりません。
領域不変性からこの つは両立しません。境界の点と内部の点が混じらない、と分かります。
ジョルダン・シェーンフリースの定理
平面ではもっと強い主張が成り立ちます。分けられた つの領域が、単位円板の内側と外側に同相になる[1]。
さらに、その同相写像は平面全体の同相写像に延ばせます。曲線がどれだけ複雑でも、平面ごと動かして標準の円へ持っていける。
分けるだけでなく、分け方まで標準形に直せる、という主張です。
例: アレクサンダーの角つき球面
次元では、この強い主張が崩れます[4]。
トーラスから輪切りを つ抜き、切り口に絡み合った 対の穴あきトーラスを付けます。同じ操作を新しい部分でくり返し、無限に続けます。
できあがる曲面は と同相です。それでも外側は単連結ではありません。
角の先端はカントール集合をなし、そのまわりを通るループが枝に引っかかります。細かい枝が無限に続くので、曲面を突き抜けずには縮められません。
基本群が違うので、標準の球面へ平面ごと動かすことはできません。埋め込み方が野生的だと、内と外の様子が変わってしまう。
次元と 次元で結論が分かれる。分離という結論は次元によらず成り立つのに、分け方の標準化は次元に依存します。










