半径を 1 つに決めない、パーシステントホモロジーとデータの形
点がばらばらに並んだデータから、穴の個数を読みとりたい。点だけでは位相が入らないので、半径を決めて球でつなぎます[2]。
半径をいくつにするかが問題になります。小さすぎれば点はばらばら、大きすぎれば全部つながって 点と同じ。
パーシステントホモロジーは、半径を つに決めません。すべての半径を通して、どの穴がどれだけ長く生き残るかを記録します[1]。
以下では点群から複体を作る手順、フィルトレーション、バーコード、そして安定性定理と応用までを扱います。
点群から複体を作る
有限個の点の集まりを点群といいます。距離が入っていれば、ユークリッド空間でなくても通ります[2]。
点そのものには位相の情報がありません。 個の点は 個の連結成分を持つだけで、穴も何もない。
そこで距離のしきい値 を決め、近い点どうしを単体でつなぎます。すると単体複体ができ、ホモロジーが計算できます。
ヴィートリス・リップス複体
いちばんよく使われる作り方です。 個の点の組が、どの 点も距離 以内なら、 単体を置きます[3]。
点間の距離だけで決まるところが利点です。点がどんな空間に入っているかを知らなくても作れます。
辺さえ決まれば、あとは自動です。三角形は 辺がそろえば入り、四面体は 辺がそろえば入ります。
チェック複体との違い
もう つの作り方が、各点を中心とする半径 の球の共通部分を見るものです。共通部分が空でない組に単体を置きます[3]。
つは一致しません。正三角形の 頂点で、 を 辺の長さにとってみます。
どの 点も距離が 以内なので、リップス複体には三角形が入ります。いっぽう つの球には共通の点がないので、チェック複体には入りません。
チェック複体のほうが良い被覆の条件をみたし、もとの空間を正しく写します。そのかわり、点が入っている空間に依存し、計算も重い。
を定数倍ずらせば互いに含み合うので、実用ではリップス複体を使います[3]。
フィルトレーション
を つに決めない、というところが要点です。 を から大きくしていくと、複体が入れ子に増えていきます[4]。
この列をフィルトレーションといいます。辺が 本ずつ増え、三角形が 枚ずつ入る、という増え方です。
各段でホモロジーをとると、群の列ができます。段を進む写像も付いてくるので、単なる群の並びではありません。
誕生と死
ホモロジー類が初めて現れる段を誕生、消える段を死といいます[4]。
誕生が 、死が なら、区間 がその類の寿命です。長さ を持続といいます。
長く生き残る類は、データの本当の形を表していると考えます。すぐ消える類はノイズと見なします。
しきい値を選ぶ問題が、寿命を測る問題に置き換わりました。

バーコード
寿命の区間を横棒で並べたものをバーコードといいます[1,4]。次数ごとに 段ずつ描きます。
誕生と死を平面の点 として打つ描き方もあり、こちらは永続図といいます。対角線から遠い点ほど寿命が長い。
どちらも同じ情報です。データの形が、区間の集まり つに要約されます。
例: 円周上に並んだ点
円周の上に 点を等間隔に置きます。となりどうしの距離を 、 つ飛ばしの距離を とします。
では点がばらばらで、 次に 本の棒があります。
が を越えると、となりどうしがつながって成分が つになります。 本の棒がここで死に、残る 本は無限に伸びる。
同時に、輪が閉じて 次の類が生まれます。
が を越えると対角線もつながり、三角形が埋まって輪が消えます。 次の棒は という区間になる。
長い棒が 本だけ出たので、この点群は円周の形をしていると読めます。
例: 2 つの塊
離れた か所に点が集まっているデータを考えます。
が小さいうちは各塊の中でだけつながり、 次の棒が減って 本になります。
塊のあいだの距離を越えると、 本が 本に合流します。 本目の棒の長さが、塊がどれだけ離れているかを表す。
クラスタリングを、しきい値を選ばずに行う方法だと読めます。
構造定理
なぜ区間だけで書けるのか。体を係数にとると、答えが出ます[1]。
各段のホモロジー群と、段を進む写像の組を持続加群といいます。有限生成なら、この加群は区間の直和に一意に分解します。
分解の成分 つが、棒 本にあたります。バーコードは加群の分解そのもので、勝手に描いた図ではありません。
係数が体でないと分解が崩れます。パーシステントホモロジーで 係数をよく使うのは、この事情からです。
安定性定理
データは測るたびに少しずれます。ずれで答えが変わっては使えません。
つの関数から作った永続図のあいだの距離を、ボトルネック距離で測ります。すると次が成り立ちます[2]。
入力のずれ以上には、出力がずれません。点を少し動かしても、長い棒は長いまま残ります。
短い棒は現れたり消えたりします。ノイズがノイズとして扱われる、という保証です。
この定理があるので、実データに当てられます。
例: ノイズに強いこと
円周上の 点を少しずつ動かし、さらに離れた場所に点を つ足したとします。
次には短い棒が 本増えます。足した点が合流するまでの寿命で、点が近ければ短い。
次の長い棒は残ります。誕生と死の値が少し動くだけで、区間の長さはほぼ変わらない。
長さで区切れば、増えた点は自然に落ちます。しきい値を選ぶかわりに、棒の長さで切る。
計算量
計算は行列の掃き出しに帰着します。単体の個数を とすると、素朴なやり方で に比例する手間がかかります[1]。
近年は行列の積と同じ程度まで下がる手法も知られています。それでも単体の個数が問題で、点が増えると三角形や四面体が爆発的に増えます。
そこで次数を か で打ち切る、点を間引く、といった工夫が入ります。実装の勘所は、複体を小さく保つところにあります。
Mapper
もう つよく使われる道具です[2]。
データに参照関数を つ決め、値の重なる区間ごとにデータを分けます。各区間の中でクラスタリングし、重なりのあるクラスターを辺で結びます。
できるのはグラフで、高次元のデータの形を 枚の図にまとめたものになります。
古典的なリーブグラフの変形にあたります。関数の値でファイバーをつぶす、という発想は同じです。
応用
生物では、病気の進行や、ウイルスの進化の枝分かれを調べるのに使われます[2]。
センサー網では、センサーの位置を知らなくても、覆えていない穴があるかどうかを判定できます。 次の長い棒が、覆い残しにあたります。
画像では、形の特徴づけや超解像顕微鏡の解析に使われます。金融の暴落の予測や、複雑ネットワークの解析にも例があります。
穴の個数を数えるという純粋な問いが、データの形を測る道具になりました。










