曲面をひねると何が残るのか?写像類群とデーンひねり
曲面をそれ自身へ写す同相写像を集め、連続に動かして移り合うものを同じと見なす。できあがる群が写像類群です[1]。
曲面そのものではなく、曲面の対称性を調べる群になります。曲面の形は分類定理で決まってしまうので、次に問うのはこちらです。
以下では定義と易しい例から始め、デーンひねりで群を組み立て、ホモロジーへの作用とニールセン・サーストンの分類まで進みます。
定義
を向きづけ可能な曲面とします。向きを保つ自己同相写像の全体を、イソトピーで割ります[1,4]。
分母は恒等写像にイソトピックな写像の全体です。連続に動かして恒等写像へ戻せる写像を、無視することにあたります。
境界がある場合は、境界を各点で固定する写像だけに絞ります。
例: 球面と円板
とします。向きを保つ自己同相写像は、どれも恒等写像にイソトピックです[4]。
円板でも同じで、群は自明になります。境界を固定する条件を付けても変わりません。
アレクサンダーのトリックと呼ばれる議論が効きます。円板の写像を、中心へ向かって縮めながら恒等写像へつないでいく。
例: 円環
とし、境界を固定します。
内側の円を止めて外側だけを 周ねじる写像が作れます。これは恒等写像へ戻せません。
ねじった回数が整数として残ります[1]。回数を足すことが写像の合成に対応するので、群は 。
この写像がデーンひねりです。曲面の写像類群を組み立てる部品になります。
デーンひねり
単純閉曲線 をとり、そのまわりの管状近傍 を選びます。 は円環と同相です[2]。
の中の座標を 、、 とすると、写像は次の形になります。
の外では恒等写像です。境界で連続につながるので、曲面全体の同相写像になります。
曲線 に沿ったデーンひねりといい、 と書きます。 をイソトピーで動かしても、 の類は変わりません。
例: トーラス
を正方形の辺を貼ったものと見て、横の曲線を 、縦の曲線を とします。
に沿ったデーンひねり は、 を動かさず、 を と をつないだ道へ送ります[2]。
次ホモロジーの基底 で行列に直します。
に沿ったひねりは下三角の行列になります。この つが を生成します。

トーラスでは、写像類群がホモロジーへの作用で完全に決まります[1]。
行列が つ決まれば写像類が つ決まる。トーラスは、写像類群が具体的に書き下せる数少ない例です。
デーン・リッコリッシュの定理
一般の曲面でも、部品はデーンひねりで足ります[1]。
種数 の閉曲面の写像類群は、単純閉曲線に沿ったデーンひねりで生成されます。しかも有限個で足りる。
リッコリッシュは 本のひねりで生成できることを示し、のちに 本まで減らせると分かりました[2]。
種数 なら 本です。無限群が 個の元で生成される、と言い直せます。
関係式
生成元が分かっても、関係式が要ります。 つの曲線の交わり方で形が決まります[4]。
交わらない 本なら、ひねりは可換です。。
ちょうど 点で交わる 本では、組みひも関係が成り立ちます。
さらに 本の曲線がからむランタン関係もあります。これらを合わせると、写像類群の有限表示が得られます。
ホモロジーへの作用
写像類は に作用します。交叉形式を保つので、行き先はシンプレクティック群です[3]。
右の写像は全射です。核をトレリ群といい、ホモロジーには何も見えない写像類の集まりになります。
種数 ではトレリ群が自明です。トーラスの写像類群がそのまま になる、という事情でした[3]。
種数 以上ではトレリ群が無限群になります。ホモロジーだけでは写像類群を追いきれません。
ニールセン・サーストンの分類
種数 以上の閉曲面では、写像類が つの型に分かれます[5]。
どの写像類も、この つのちょうど つに入ります。分類が排他的である点が定理の中身です。
擬アノソフの場合、横断する 枚の葉層が保たれます。片方は引き伸ばされ、もう片方は縮められる[5]。
例: トーラスでの 3 つの型
の行列で、 型がそのまま見えます。トレースの絶対値で分かれます。
トレースの絶対値が より小さければ有限位数で、周期的です。 度回転にあたる行列がその例。
絶対値がちょうど なら、さきほどのデーンひねりの行列のような形になります。ある曲線を保つので可約です。
絶対値が より大きい行列は擬アノソフです。固有値が と に分かれ、片方の向きへ伸び、もう片方へ縮む。
トレースは です。固有値は で、伸び率が黄金比の 乗になります。
タイヒミュラー空間への作用
写像類群は、曲面の複素構造を並べた空間に作用します[1]。
タイヒミュラー空間といい、種数 の閉曲面では 次元のユークリッド空間と同相です。
作用の様子が 型に対応します。周期的な元は内部に不動点を持ち、擬アノソフの元は境界に つの不動点を持ちます。
商をとるとモジュライ空間になります。曲面の複素構造の分類そのものが、この商として書かれる。
例: 写像トーラスとの関係
写像類 から 次元多様体が作れます。 の両端を で貼る、写像トーラスです。
分類の型と、できる多様体の幾何が対応します[5]。
周期的なら の構造、可約なら中に圧縮不可能なトーラスが現れます。擬アノソフなら双曲構造が入ります。
曲面の写像を分類する問題が、 次元多様体を分類する問題へつながっています。サーストンの幾何化の出発点の つがここにあります。









