可換環の直積と直和分解
可換環の直積は、複数の環を組にして新しい環を作る操作です。逆に、1 つの環がいつ直積に分解できるかという問題は、冪等元の理論と密接に関わっています。
環の直積の定義
可換環 の直積 は、集合としては直積集合であり、演算は成分ごとに定義されます。
単位元は 、零元は です。各成分での環の公理がそのまま成り立つので、直積は再び可換環になります。
の場合で具体的に見てみます。 の元は の 6 個です。中国剰余定理により が成り立ちますが、直積の形で書くと乗法の構造が直接見えるという利点があります。
直積のイデアル構造
直積環 のイデアルは、各成分のイデアルの直積として完全に記述できます。
が のイデアルであるとき、 と書けます。ここで は のイデアル、 は のイデアルです。
これは直積環の射影 を使って示せます。 とおくと は明らかです。逆の包含は、 のように冪等元 や を掛けることで、各成分を独立に取り出せることから従います。
直積環には自明でない冪等元が存在し、これがイデアルの分解を可能にする。
したがって、直積環の素イデアルも完全に分類できます。 の素イデアルは、( は の素イデアル)または ( は の素イデアル)のいずれかの形に限られます。
のイデアルは の形をしている。各成分が独立にイデアルを構成する。
素イデアルは一方の成分が環全体になる。 または の形に限られる。
Spec の非連結性
は と の非交和(disjoint union)に同相です。
これは上で見た素イデアルの分類から直ちに従います。素イデアルは「一方の成分に集中する」ので、空間としては 2 つの開かつ閉な部分集合に分離されます。
逆に、 が非連結であれば は非自明な直積に分解できます。この対応は、環の分解と空間の連結成分の間の辞書として機能しています。
冪等元と直積分解
環 が直積 ( はいずれも零環でない)に分解できるための必要十分条件は、 に自明でない冪等元が存在することです。
元 が冪等元(idempotent)であるとは を満たすことです。 と は自明な冪等元と呼ばれ、それ以外の冪等元を自明でない冪等元と呼びます。
のとき は を満たす自明でない冪等元です。逆に、 が自明でない冪等元であるとき、 もまた冪等元であり を満たします。このとき写像
が環の同型を与えます。ここで と はそれぞれ と を単位元とする環です。
自明でない冪等元 が存在すれば と分解される。
ならば と が直交する自明でない冪等元を与える。
冪等元の持ち上げ
環 とそのニルラジカル に対して、 の冪等元が の冪等元に持ち上がるかという問題は、環の構造を理解する上で重要です。
が冪等元であるとき、 に冪等元 が存在して を満たすかが問われます。答えは肯定的で、以下のように構成できます。
を の任意の持ち上げとすると、 です。 の元はべき零なので、ある に対して が成り立ちます。ここで
とおくと かつ となります。この構成は二項定理と のべき零性を利用しています。
実用的にはニュートン法的な反復で構成するほうが見通しがよい場合もあります。 として と反復すると、 から、 のべき零次数が各ステップで倍以上になり、有限回で真の冪等元に収束します。
連結環
環 が連結(connected)であるとは、 の冪等元が と のみであること、すなわち が非自明な直積に分解できないことです。これは が連結な位相空間であることと同値です。
有限個の極大イデアルを持つ環
環 の極大イデアルが の有限個であり、(半単純の条件)を満たすとき、中国剰余定理から
が得られます。各 は体なので、 は体の有限直積に同型です。
より一般に、Artin 環は有限個の Artin 局所環の直積に分解されます。これは Artin 環の極大イデアルが有限個であること、および適当なべきで となることから、
という分解が得られるためです。各成分 は唯一の極大イデアルを持つ Artin 局所環になります。
無限直積と直和
無限族 に対しても直積 が定義でき、これは成分ごとの演算で可換環になります。一方、直和 (有限個の成分を除いて零であるような元の全体)は、一般には環にはなりません。単位元 が直和に属さないためです。
は環になる。直積と直和は一致する。
は環になるが、 は単位元を持たず環にならない。加群としては意味を持つ。
無限直積のスペクトルは有限直積のような簡明な記述を持たず、その構造はかなり複雑になります。 には各 の像のほかに、超フィルターに対応する「余分な」素イデアルが現れます。