根基イデアルとニルラジカルの定義と例|冪零元・根基の計算・被約環など可換環論の入り口
の元 は ではありません。ところが二乗すると になります。零ではないのに何乗かすると零になる元、すなわち冪零元です。
冪零元は環に「見えない厚み」を与えます。零点集合のような素朴な道具では、この厚みを捉えられません。
根基イデアルとニルラジカルは、その厚みを測り、必要なら削ぎ落とすための概念です。代数幾何ではスキームの被約性と直結し、 と がなぜ違うのかを説明する言葉になります。
イデアルの根基
を可換環、 を のイデアルとします。 の根基 (ラジカル とも書きます)を次で定義します。
「何乗かすると に入る元」を全部集めたもの、と読めばよいでしょう。 を取れば の元はそのまま条件を満たすので、 がただちに従います。
根基はイデアルになる
がイデアルであることは、定義から自明とはいえません。積のほうは簡単で、、 に対し となり、 が出ます。
問題は和です。 と を仮定して、 を二項展開してみましょう。
各項では ですから、 と の少なくとも一方が必ず成り立ちます。どちらの場合も は の元になり、和全体が に落ちます。
したがって 。冪零的な元どうしを足しても冪零的なまま、という事実がここに現れています。
根基イデアル
イデアル が を満たすとき、 を根基イデアルと呼びます。 はいつでも成り立つので、実質的な条件は逆向きの包含だけです。
言い換えれば、 ならば が成り立つイデアルのことです。「冪をとっても新しい元は入ってこない」という飽和性をもっています。
素イデアルは根基イデアル
素イデアル は根基イデアルの典型例です。 とすると、 と分解して素イデアルの定義を使えば、 か のどちらかが言えます。
後者なら同じ議論を繰り返します。有限回で に行き着くので、 が成り立ちます。
根基は素イデアルの共通部分
根基には、冪をまったく使わない別の表示があります。
。すなわち を含むすべての素イデアルの共通部分に一致します。
が根基イデアルであることと、 がいくつかの素イデアルの共通部分として書けることは同値です。
片方向は易しいところです。素イデアルは根基イデアルであり、根基イデアルの共通部分もまた根基イデアルになります。
逆方向、つまり に入らない元が「それを避ける素イデアル」を必ずもつことの証明には、ツォルンの補題を使います。 をすべての について満たす に対し、 の冪を含まない極大なイデアルを取ると、それが素イデアルになる、という筋道です。
ニルラジカル
零イデアル の根基を、環 のニルラジカルといい、 または と書きます。
正体は の冪零元全体です。根基が一般にイデアルであることから、冪零元の和も積も冪零だと分かります。
ニルラジカルの性質
効いてくるのは 2 つ目です。「すべての素イデアルに共通して含まれる元は、冪零元ちょうどそれだけ」という、かなり強い主張になっています。
裏返して読むと、ある元が冪零でなければ、その元を含まない素イデアルが必ず作れる、ということでもあります。
被約環と被約化
冪零元をもたない環を被約環といいます。整域は から が従うので被約であり、体、、、 はいずれも被約な環です。
一般の環でも、冪零元を割ってしまえば被約にできます。
環
ニルラジカル で割る
被約環
この操作を被約化と呼びます。冪零元をつぶしても素イデアルの集合 は変わらないので、空間としての姿はそのままに、環だけが痩せることになります。
整数環での計算
では根基が完全に計算できます。 は、 の素因数を 1 つずつ掛けた元で生成されるイデアルです。
で試しましょう。素因数は と ですから、
となります。 が で割り切れるような を集めると、結局は の倍数全体になる、という意味です。
なぜ素因数の積になるのか
が のすべての素因数で割り切れるとします。冪をとれば各素因数の指数はいくらでも増やせるので、十分大きい で となります。
逆に が で割り切れるとします。 の素因数 は を割り、 は素なので 自身を割ります。
のとき 。指数 は根基には残りません。
指数の情報が消える、という点に根基の性格がよく出ています。根基は「どの素因数が現れるか」だけを覚えていて、「何乗現れるか」は忘れてしまうのです。
一変数多項式環での計算
も と同じ単項イデアル整域なので、素因数分解の話がそっくり通用します。既約因子を 1 つずつ取ればよいわけです。
としましょう。既約因子は と の 2 つですから、
が根基になります。
重複度 と は根基をとった時点で消え、残るのは 零点の位置 だけです。
と という 2 点のこと。零点集合は同じでも と は別のイデアルです。
二変数の例:
に移ると単項ではなくなり、ひと工夫が要ります。 を考えましょう。
まず なので 、したがって です。
逆向きは素イデアルを経由します。 であり、 は整域なので は素イデアル、ゆえに 。
結局 です。生成元は を含んでいるのに、根基は直線 をそのまま表すイデアルに落ち着きました。
二変数の例:
なら、根基は原点に対応する極大イデアル になります。
から が出ます。そして は極大、したがって素イデアルで を含むため、逆の包含も従います。
面白いのは、 と が別のイデアルなのに、根基はどちらも になることです。根基は原点という 1 点しか覚えていません。
剰余環の冪零元:
です。 の冪零元は、 での を法 で見たものになります。
確かめてみましょう。 ですから、 は冪零です。
一般には が成り立ちます。 が平方因子をもたなければ、たとえば ならニルラジカルは で、環は被約になります。
剰余環の冪零元:
なので は冪零、ニルラジカルは です。
この環の元は と一意に書けます。冪零元はちょうど、定数項 が のものです。
ですから、零になるまできっかり 乗が必要になります。この最小の指数を冪零指数と呼びます。
の場合が二重数 で、 かつ 。あとで見るように、これが「太った点」の正体です。
根基の基本公式
計算に効く等式をまとめておきます。
1 つ目は、 が根基イデアルであるという主張そのものです。根基は 2 回とっても増えません。
3 つ目が実用的です。 と見れば、根基は となり、さきほどの が再現されます。
ヤコブソン根基との違い
ニルラジカルと紛らわしい概念に、ヤコブソン根基 があります。
すべての素イデアルの共通部分。正体は冪零元の全体。
すべての極大イデアルの共通部分。 なら は単元になる。
極大イデアルは素イデアルですから、 のほうが共通部分を取る範囲は狭く、 が常に成り立ちます。等号は期待できません。
等号が崩れる例
局所化 を見ましょう。これは の部分環で整域なので、冪零元はなく です。
一方、極大イデアルは ただ 1 つしかありません。よって となり、 が起きています。
逆に では極大イデアルが だけで、これは冪零元全体と一致します。ここでは です。
幾何的な意味:ヒルベルトの零点定理
を代数閉体とします。イデアル の零点集合を 、点集合 の上で消える多項式全体を と書きます。
ヒルベルトの零点定理(強形式)は、この 2 つの操作を合成すると根基が現れる、と述べています。
零点集合からイデアルを復元しようとしても、戻ってくるのは ではなく です。重複度の情報は零点集合に残らず、根基をとる操作でも失われます。両者の帳尻はここで合います。
太った点
の と は、零点集合としてはどちらも原点ただ 1 点で、区別できません。ところが剰余環は と で、後者だけが冪零元をもちます。
<div class="cont">
<svg viewBox="0 0 420 200" xmlns="http://www.w3.org/2000/svg" role="img" aria-label="同じ零点集合をもつ2つのイデアルの図">
<rect x="0" y="0" width="420" height="200" rx="10" fill="#fafbfc"/>
<line x1="25" y1="130" x2="195" y2="130" stroke="#aab0b8" stroke-width="1"/>
<circle cx="110" cy="130" r="5" fill="#3468d6"/>
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<g font-family="ui-sans-serif, system-ui, sans-serif" font-size="12.5" text-anchor="middle" fill="#1b1d22" stroke="#fafbfc" stroke-width="3.5" paint-order="stroke">
<text x="110" y="44" fill="#3468d6">k[x]/(x)</text>
<text x="110" y="66">冪零元なし</text>
<text x="310" y="44" fill="#c93c41">k[x]/(x²)</text>
<text x="310" y="66">ε ≠ 0、ε² = 0</text>
<text x="110" y="172">V(x) = {0}</text>
<text x="310" y="172">V(x²) = {0}(同じ)</text>
</g>
</svg>
</div>.cont { margin: 0; text-align: center; }
.cont svg { width: 100%; max-width: 420px; height: auto; }右の点は、原点方向にわずかな「厚み」をもっていると読めます。この厚みが冪零元 であり、 の定める点は太った点、あるいは二重点と呼ばれます。
根基をとる操作は、その厚みを削ぎ落として左の絵に戻すことに当たります。 という等式の幾何的な意味は、これです。
スキームの被約性
アフィンスキーム が被約であるとは、 が被約環、すなわち であることをいいます。
閉部分スキーム が被約であることと、 が根基イデアルであることは同値です。根基をとる操作は、スキームを被約化する操作の環側の姿にほかなりません。
古典的な代数多様体は、被約なスキームに対応します。スキーム論が多様体論より広い世界を扱えるのは、 のような冪零元をもつ環を対象に含めたからです。
局所化との可換性
素イデアル による局所化 に対し、次が成り立ちます。
根基をとる操作と局所化は可換です。おかげで「根基イデアルであること」は各点で確かめられる局所的な性質になり、幾何の道具として使いやすくなります。
理解の確認
において はどのイデアルになるか。
冪零元は消すためだけにあるのではない
根基は冪零を削ぎ落とす道具ですが、削ぎ落とされる側にも意味があります。 の は という関係だけで定まる元で、テイラー展開の 1 次の項に対応します。
から多様体への射は、点とその点での接ベクトルを同時に指定することと同じです。冪零元は、点が動こうとする方向を代数の言葉で記録しているわけです。
変形理論はこの発想の上に立っています。被約性を要求して冪零元を切り捨てれば古典的な多様体の世界に戻り、切り捨てずに抱えれば無限小の情報が扱える。根基イデアルとニルラジカルは、その 2 つの世界を行き来する切り替えスイッチです。











x2∈I から x∈I、y3∈I から y∈I が出るので (x,y)⊆I です。逆に (x,y) は I を含む極大イデアル、したがって素イデアルなので I⊆(x,y)。よって (x2,y3)=(x,y) となり、原点 1 点に対応する根基イデアルが得られます。