持ち上げができれば滑らか - 形式的滑らかさと非分岐性
を環、 を のイデアルとします。 が形式的に滑らかとは、 がつねに へ持ち上がることをいいます[1]。
から へ戻る向きに写像を延ばす。厚みが の近傍から、わずかに厚みのある近傍へ広げる操作です。
持ち上げで定義する
-代数 と のイデアル をとります。-代数の射の集合について、次の写像を見ます[2]。
これが全射なら形式的に滑らか、単射なら形式的に非分岐、全単射なら形式的にエタールです[2]。
条件は が冪零でも同じになります。冪零なら を刻んで、各段で 乗が の拡大に分けられるためです[2]。
持ち上げが存在する。何本あってもよい
持ち上げは高々 1 本。存在しなくてもよい
両方を満たすものが形式的にエタールです。ちょうど 1 本だけ持ち上がる。
非分岐は微分加群が消えること
形式的に非分岐であることと は同値です[2]。
の持ち上げが 2 つあるとします。差 は に値をとり、 なので 導分になる。
導分の全体は と一致します。 なら導分が しかないので、持ち上げは高々 1 本[2]。
逆向きも同じ計算で出ます。 に 乗が の積を入れると、異なる 2 本の持ち上げが作れる。
微分がすべて消えるとは、接ベクトルの動く余地がないということ。分岐がない、という言葉と合っています。
多項式環は形式的に滑らか
をとります[2]。 が与えられたら、各 の行き先を の中で勝手に選べばよい。
多項式環は変数の行き先で射が決まるので、持ち上げの障害がありません。自由に選べるぶん、持ち上げは何本もある。
局所化も形式的に滑らかです。さらに、形式的に滑らかな射は基底変換と合成で保たれます[2]。
剰余環はいつ滑らかか
を 上形式的に滑らか、 をイデアルとします。 が形式的に滑らかになる条件が知られています[2]。
この写像が切断を持つこと、つまり余法列が分裂することが必要十分です[2]。
多項式環を にとると、この条件がヤコビ行列の階数の条件になります。関係式の本数だけ独立な微分が出るかどうか。
例:ヤコビ行列で判定する
とします。点 でのヤコビ行列を考えます。
の階数が なら、 は の近くで滑らかです。関係式が独立に効いていて、余法列が分裂する。
階数が落ちる点が特異点になります。滑らかさは局所的な条件で、点ごとに判定します[3]。
例:尖点と楕円曲線
をとります。 の偏微分は と 。
原点では両方が になります。ヤコビ行列の階数が に落ちるので、原点で滑らかではありません。
に替えます。標数が でも でもないとします。
偏微分は と です。両方が消えるには かつ 。
曲線上で なら なので、 か です。 なら 、 なら 。
どの点でも階数が落ちません。この曲線は全体で滑らかです。

例:体の拡大で見る
を有限次拡大とします。分離拡大なら なので、形式的に非分岐、しかもエタールです[4]。
分離でない場合は事情が変わります。、 をとります。
とおくと で、微分すると 。標数が なので左辺は です。
つまり に関係式が付きません。 は ではないので、非分岐でもエタールでもない。
拡大次数は で、次元としては 次元どうしの拡大です。それでも微分が残る。純非分離な拡大が滑らかでない理由がここにあります。
滑らかと形式的に滑らか
有限表示という条件を足したものが、滑らかな射です[2]。
同じように、非分岐は形式的に非分岐と有限型、エタールは形式的にエタールと有限表示を合わせたものになります。
ネーター環上で本質的に有限型なら、形式的な滑らかさが平坦性と の射影性で言いかえられます。幾何の言葉では、各点の接空間の次元がそろっていること。
形式的という語が付くのは、有限性の条件を課していないためです。
持ち上げの条件だけを見るので、無限次元のものにも当てはめられます。局所化や完備化が形式的に滑らかになるのはそのためです。
幾何で読み直す
の拡大は、点にわずかな厚みを付けたものにあたります。 から へ広げる操作。
形式的に滑らかとは、その厚みの方向へいつでも変形を延ばせるということ。障害がない、と言ってもよい。
尖点では延ばせません。原点で接する方向が定まらないので、厚みを付けた先に写像が届かない。
を標数 の体とし、 とします。 は 上どこで滑らかですか。
- どの点でも滑らか
- 原点を除いて滑らか
- どこでも滑らかでない
まちがえやすい点
厚みを付けた先へ写像を延ばせるか。この一問の答えが、滑らかさと分岐の言葉を作っています。











f=xy の偏微分は y と x です。両方が消えるのは原点だけで、そこは 2 本の直線が交わる点にあたります。ほかの点ではヤコビ行列の階数が 1 なので滑らかです。