商体と関数体の拡大
整域 が与えられたとき、その元の「分数」を考えることで体を構成できます。これが商体(分数体)であり、 から を作る操作の一般化にあたります。特に、多項式環の商体として得られる有理関数体は、代数幾何における関数体の出発点となり、体の拡大という視点を通じて曲線や多様体の幾何学的情報を代数的に捉える道を開きます。
商体の構成
を整域とします。 の商体 は、形式的な分数 (, )の同値類として構成されます。同値関係は
で定義され、加法と乗法は通常の分数の演算規則
によって定まります。 が整域であること(零因子をもたないこと)は、この同値関係が推移律を満たすために不可欠です。零因子が存在すると から期待される結論が導けなくなり、構成が破綻します。
です。整数の分数として有理数が得られるという、最も馴染み深い例になります。
は有理関数体と呼ばれます。()の形の有理関数全体がなす体です。
ガウス整数環 の商体は であり、ガウス有理数体とも呼ばれます。
商体は普遍性によっても特徴づけられます。 から体 への単射環準同型 が与えられたとき、 は から への一意な体準同型を通じて分解します。すなわち、 は を含む「最小の」体です。
有理関数体
体 上の多項式環 の商体を
と書き、 上の 変数有理関数体と呼びます。その元は
の形をしています。 は 上の超越拡大であり、 は 上代数的でない( 係数の多項式の根にならない)元です。
有理関数体 は、 上の超越次数 1 の純超越拡大です。超越次数は直観的には「自由な変数の個数」を測る量であり、 の 上の超越次数は となります。
体の拡大 の超越次数とは、 の中で 上代数的に独立な元の最大個数のこと。
一変数の有理関数体 は、代数幾何ではアフィン直線 あるいは射影直線 の関数体と解釈されます。より一般に、既約代数多様体の関数体はその多様体の双有理的な不変量を与えます。
関数体の定義
代数幾何における関数体は、次のように定義されます。 を体とし、 を 上の既約アフィン多様体とします。 の座標環
は整域であり( の既約性が の素イデアル性を保証します)、その商体
を の関数体と呼びます。 の元は 上の有理関数、すなわち のある稠密な開集合上で定義された正則関数の比として解釈できます。
既約多様体 を取る
座標環 は整域
商体 が関数体
たとえば、平面曲線 の座標環は であり、その関数体は
となります。この体は の 2 次拡大 と同型です。楕円曲線の関数体を調べることは、曲線の有理点や算術的性質の研究に直結します。
関数体の拡大と支配射
多様体の間の射は、関数体の間の拡大に対応します。 が既約多様体の間の支配的射(像が で稠密)であるとき、座標環の間に単射 が誘導され、これは関数体の拡大
を与えます。逆に、関数体の間の -準同型は支配的有理写像を定めます。
射 が幾何学的対象の間の関係を記述する。ファイバーの構造や次元の変化が幾何学的に見える。
体の拡大 が代数的対象の間の関係を記述する。拡大次数や分岐の情報が代数的に計算できる。
この対応は、既約多様体の双有理同値類の圏と、 上有限生成な体の拡大の圏との間の反変的な圏同値として精密に定式化されます。双有理幾何学の基礎をなすこの対応により、幾何学的な問題を体の拡大の問題に翻訳できます。
拡大次数と次元
関数体の拡大 の超越次数は、多様体 の次元と一致します。
曲線(1 次元多様体)の関数体は 上超越次数 1 の体であり、曲面(2 次元多様体)の関数体は超越次数 2 の体です。この事実は、次元という幾何学的概念が体の拡大の代数的不変量として捉えられることを示しています。
支配的射 に対しては、関数体の拡大 の次数が射のファイバーの「一般的な大きさ」を表します。 であれば、 の一般の点のファイバーは 個の点からなります(重複度を込めて数えた場合)。
のとき、 は一般的有限射と呼ばれます。たとえば 次の平面曲線から への射影は次数 の有限射を与えます。
が超越拡大であるとき、 が成り立ちます。ファイバーは正次元の多様体となり、 は 上のファイバー束的な構造をもちます。
分岐と離散付値
一変数の関数体(曲線の関数体)の理論は、整数論の言葉と深い類似をもちます。滑らかな射影曲線 の各閉点 には離散付値 が付随し、有理関数 の における零点の位数(あるいは極の位数)を測ります。
この状況は、有理数体 における -進付値 と完全に平行しています。
各素数 に対して -進付値 が定まる。 であり、付値環は ( での局所化)。
各閉点 に対して付値 が定まる。 は の における零点・極の位数を表し、付値環は ( における局所環)。
関数体の拡大 における分岐は、被覆 のファイバーが退化する点として現れます。 上の点 における分岐指数 は、付値の関係 ()によって定まり、 のとき は分岐点と呼ばれます。
有理関数体の自己同型
の -自己同型群は、射影直線 の自己同型群と一致し、 と同型です。具体的には、 の -自己同型は
の形をした一次分数変換(メビウス変換)に限られます。これは が純超越拡大であることの帰結であり、 の行き先が の生成元でなければならないという制約から導かれます。 の生成元は 上超越的な元、すなわち の形のものに限られるのです。
この事実は Lüroth の定理の特殊な場合でもあります。Lüroth の定理は、 の を含む任意の中間体が再び純超越拡大 と同型であることを主張します。
Lüroth の定理は一変数の場合にのみ成り立ちます。二変数以上では、 の中間体で純超越的でないものが存在し、これは単有理多様体が必ずしも有理多様体でないことに対応します。
単有理だが有理的でない多様体の例は、3 次元以上で構成されている。2 次元ではイタリア学派による古典的な結果(Castelnuovo の定理)により単有理と有理が一致する。
商体と局所化の関係
商体の構成は、局所化の特殊な場合として理解できます。整域 に対し、 を積閉集合とすれば が成り立ちます。局所化の一般論において、商体は「すべての非零元を反転させた」極端な場合に対応しています。
中間的な局所化も関数体と関わります。素イデアル における局所化 の商体は と一致します。つまり、任意の素イデアルでの局所化は商体を変えません。この事実は、局所環 が の部分環として自然に埋め込まれることを意味しており、関数体の中で局所環たちがどのように配置されるかという幾何学的な描像を与えます。
整域 の各素イデアル に局所環 を対応させる
はすべて の部分環
( が正規なら成立)
最後の等式は、正規整域(整閉整域)が高さ 1 の素イデアルにおける局所化の共通部分として復元されるという重要な定理です。これは因子の理論と密接に関連しており、Weil 因子や Cartier 因子の議論の出発点となります。
商体と関数体の理論は、可換環論が代数幾何・整数論と交わる結節点にあります。整域から体を構成するという素朴な操作が、多様体の双有理分類、曲線上の付値論、分岐理論といった深い理論の入り口となっているのです。