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English

交わりは途中から規則正しくなる〜ネーター環とアルティン・リースの補題

ネーター環 、イデアル 、有限生成加群 をとります。ある があって、 ではつねに次が成り立ちます[1]

が小さいうちは何が起きるか分かりません。 を超えると、 を掛けるたびに規則正しく縮むようになります。

交わりは掛け算とずれる

は、素朴には同じものに見えます。実際は違う。

でみます。 次なので に入り、 の倍数なので にも入る。

いっぽう の元は次数が 以上です。 は入りません。交わりのほうが真に大きい。

補題が言うのは、そのずれが 段ぶんに収まるということ。ここでは で足ります。

の全項が 次以上なら の全項は 次以上なので、確かに右辺と一致します。

を先に で縮めたもの。 次以上しか残らず、小さすぎる

で縮めてから と交わらせたもの。 次の が残る

ずれが有限段で止まる。これだけの主張が、交叉定理や完備化の議論を支えます。

フィルトレーションの言葉に直す

の減少列 を満たすとき、 フィルトレーションと呼びます。

さらに、ある から先で となるものを安定な フィルトレーションといいます[2]

は安定です。補題は「安定なフィルトレーションを部分加群と交わらせても安定のまま」と言い換えられます[2]

安定という語が、上の図の「途中から一定の比で縮む」に対応します。 は安定が始まる段。

Rees 環を使う証明

とし、多項式環の中に次の部分環を作ります[3]

という写像で から全射が作れます。 がネーターなら、基底定理からこの Rees 環もネーターです。

同じ要領で を作ると、これは 上の有限生成加群になります。

はその部分加群です。ネーター環上の有限生成加群の部分加群なので、有限生成[3]

生成元の次数の最大値を とおきます。 の成分は 以下の成分から を掛けて出るので、そのまま定理の等式になります。

証明の要は、フィルトレーション全体を 1 つの次数付き加群に束ねるところにあります。

各段をばらばらに見ていると有限性が使えません。束ねると基底定理が効くようになります。

2 つの位相が一致する

進位相を入れ、部分加群 にその相対位相を入れます。いっぽう 自身にも 進位相が入る。

前者の基本近傍系は 、後者は です。集合としては前者のほうが大きい。

補題があると、 が言えます。互いに他方の近傍系に挟まるので、2 つの位相は一致します[2]

言い換えると、部分加群の中で「小さい」ということが、外から見ても中から見ても同じ意味になる。完備化を部分加群にも安心して当てられる理由です。

相対位相の近傍系は で、これは大きめの集合。
自身の 進位相の近傍系は で、こちらは小さめ。
補題から が出て、両者が挟み合う。
挟み合うので位相が一致し、 の完備化が の完備化の部分加群として実現できる。

交叉定理を出す

とおきます。 なので、補題の左辺は です。

右辺に が掛かっているので、 とすれば 。逆は明らかなので になります。

が Jacobson 根基に入っていれば、中山の補題から [4]。ネーター局所環なら真のイデアルはすべてこの条件を満たします。

補題がイデアルを 1 段だけ外へ出す。その 1 段が中山の補題の入口になっています。

完備化が完全になる

短完全列 進完備化を当てます。

完備化は逆極限なので、一般には左完全にしかなりません。右側で情報が落ちる可能性がある。

ところが補題があると、 と同値な位相を定めるので、逆系がミッタク・レフラー条件を満たします。極限をとっても完全性が保たれる[2]

その帰結として、ネーター環では 上平坦になります。完備化が扱いやすい操作である理由の大半が、この補題から来ています。

ネーター性を外すと崩れる

証明でネーター性を使ったのは 2 か所です。Rees 環がネーターになるところと、部分加群が有限生成になるところ。

どちらも基底定理に寄りかかっています。 がネーターでなければ、 が有限生成とは限らず、 が存在する保証も消えます。

実際、原点まわりの連続関数の芽の環では が起きるので、交叉定理が破れます。その根元にあるのが、補題の失効です。

例: の大きさを見る

とします。 なので、 で足ります。

に替えると、上で見たとおり が要ります。 の絡み方で が変わる。

の値そのものを使う場面は多くありません。有限で止まるという事実だけで議論が進みます。

とします。 に入るのはどれですか。

__RESULT__

次なので に入り、 の倍数なので にも入ります。 次なので に入りません。 に入りますが には入りません。

まちがえやすい点

を同じものとして扱う。前者のほうが真に大きくなることがあります。
にとれると思い込む。 の絡み方によっては 以上が要ります。
の範囲でも等式が成り立つと考える。主張は に限られます。
が有限生成でない場合に当てる。Rees 環上の有限生成が崩れ、 が存在しません。
ネーター性を落として使う。基底定理が使えないので証明そのものが通りません。

不規則な区間が有限で終わる。その一点だけで、交叉定理も完備化の平坦性も出てきます。

参考

Artin-Rees lemma, Lemma 10.51.2. The Stacks Project.
Damian Rössler. *Commutative Algebra*, §11.2. University of Oxford.
Wolfgang Soergel. *Kommutative Algebra und Geometrie*, §8.3. Universität Freiburg.
Felix Gotti. *Krull's Theorems and Artin-Rees Lemma*. Massachusetts Institute of Technology.
$I^n M \cap N$ と $I^n N$ は一致しません。$k[x, y]$ で $I = (x, y)$、$N = (y)$ ととると $x^{n-1}y$ が前者だけに残ります。補題はそのずれが有限段で収まると言うもの。Rees 環にフィルトレーション全体を積み上げ、Hilbert の基底定理で有限生成を出すのが証明の骨です。部分加群の相対位相と $I$ 進位相が一致すること、クルルの交叉定理、完備化が完全になることまで、ここから出てきます。