可換環上の局所自由加群と有限表示加群

可換環上の加群を調べるとき、自由加群の概念だけでは不十分な場面が多く現れます。局所自由加群と有限表示加群は、自由加群を一般化しつつも扱いやすい性質を保った重要なクラスです。

自由加群の復習

可換環 上の加群 が自由加群であるとは、 の直和のコピーと同型であること、すなわちある集合 に対して

が成り立つことです。 が有限集合のとき であり、 は有限生成自由加群と呼ばれます。自由加群は基底を持ち、任意の加群への準同型が基底上の値で完全に決まるという普遍性を持っています。

しかし、自由でないが「局所的には自由」という加群が多くの場面で自然に現れます。

局所自由加群の定義

-加群 が局所自由(locally free)であるとは、任意の素イデアル に対して、局所化 -自由加群であることです。有限生成な局所自由加群の場合、各 の階数(ランク)は に依存しうるため、階数関数

が定まります。この関数は 上で局所定数です。 が連結( に自明でない冪等元がない)であれば階数は一定値をとり、この値を の階数と呼びます。

局所自由加群は代数幾何ではベクトル束に対応する概念です。 上のベクトル束は、局所的には自明束(自由加群)だが大域的にはねじれている可能性がある対象であり、まさに局所自由加群の幾何的な姿です。

局所自由加群とベクトル束の対応は、Serre-Swan の定理として精密化される。

局所自由加群の例

最も基本的な例として、Dedekind 整域のイデアルを考えます。 が Dedekind 整域であるとき、 の任意の非零イデアル は階数 1 の局所自由加群です。

各素イデアル での局所化 のイデアルですが、 は離散付値環なので PID であり、したがって は単項イデアル、すなわち です。しかし 自身が の単項イデアルであるとは限りません。

具体例として を考えます。イデアル は単項イデアルではありません( の類数が 2 であることからわかります)。しかし任意の素イデアルで局所化すると単項化されるため、 は局所自由です。

自由加群

大域的に基底を持つ。 の形で、環の構造に依存しない単純な形をしている。

局所自由加群

各素イデアルで局所化すれば自由になるが、大域的には自由とは限らない。Picard 群がこの「ずれ」を測る。

有限表示加群の定義

-加群 が有限表示(finitely presented)であるとは、完全列

が存在することです。つまり は有限個の生成元と有限個の関係式で記述できます。 であり、 行列として表現できます。

有限生成加群と有限表示加群の違いは微妙ですが重要です。有限生成とは全射 の存在を意味するだけであり、その核が有限生成であるかは保証されません。有限表示は核も有限生成であることを要求しています。

ネーター環の場合

がネーター環であれば、有限生成加群は自動的に有限表示になります。ネーター環上では有限生成加群の部分加群は有限生成なので、核の有限生成性が無料で手に入ります。

非ネーター環の場合

一般の環では有限生成だが有限表示でない加群が存在します。例えば、非ネーター環 の有限生成でないイデアル に対して は有限生成( 元で生成)ですが、核 が有限生成でないため有限表示ではありません。

有限表示加群の重要性

有限表示性が重要になる場面の一つは、テンソル積と Hom の交換です。

が有限表示加群であるとき、任意の -加群の帰納系 に対して

が成り立ちます。有限生成だけではこの同型は保証されません。

また、局所化との交換も有限表示加群で自然に成り立ちます。 の積閉集合とするとき、

が有限表示加群 に対して成り立ちます。

この性質は「有限表示加群はコンパクト対象である」という圏論的な言い方もできます。加群の圏 において、有限表示加群はフィルター付き余極限と Hom を交換する対象として特徴づけられます。

コンパクト対象は圏論における有限性の一般化であり、有限表示加群の本質的な特徴を捉えている。

局所自由加群と射影加群の関係

有限生成な局所自由加群は射影加群です。逆は一般には成り立ちませんが、いくつかの重要なクラスの環では成り立ちます。

有限生成射影加群 について、 が局所自由であることは が有限表示であることから従います。各局所化 は局所環 上の有限生成射影加群であり、局所環上の有限生成射影加群は自由加群です(中山の補題の応用)。

逆に、有限生成な局所自由加群 が射影的であることを示すには、局所的な分裂を大域的に貼り合わせる議論が必要です。各 なので、全射 の核は局所的に零であり、したがって大域的にも零です。ただし、この議論は が有限表示であることを前提としています。

加群のクラス条件
有限生成自由
有限生成射影完全列が分裂する
有限表示局所自由局所化で自由、関係式が有限
有限生成局所自由局所化で自由

ネーター環の上では、有限生成射影加群と有限生成局所自由加群は一致します。このクラスの加群が代数幾何におけるベクトル束に対応しており、 理論や Picard 群の定義に使われる基本的な対象です。

階数と行列式

有限生成射影加群(= 連結環上の有限生成局所自由加群) に対して、外積 が定義でき、 のとき は階数 1 の射影加群になります。これを の行列式束(determinant bundle)と呼び と書きます。

は Picard 群 の元を与え、射影加群の大域的な「ねじれ」を 1 次元の情報に凝縮したものです。完全列

が射影加群の短完全列であれば、

が成り立ちます。この乗法的な性質が 理論から Picard 群への行列式写像 を定義する基盤になっています。

がネーター環のとき、有限生成 -加群 について常に成り立つのはどれか。

  • は射影加群である
  • は有限表示加群である
  • は局所自由加群である
  • は自由加群である
__RESULT__

ネーター環では有限生成加群の部分加群も有限生成になるので、 の核も有限生成です。したがって有限表示性が自動的に成り立ちます。射影性や局所自由性、自由性は一般には成り立ちません。