Hilbert関数とHilbert多項式
次数付き環の各次数成分の「大きさ」を測る関数が Hilbert 関数です。多項式環やその剰余環に対して Hilbert 関数を調べると、十分大きな次数では多項式的に振る舞うことがわかります。この多項式が Hilbert 多項式であり、その次数と最高次係数からは多様体の次元と次数という基本的な幾何学的不変量が読み取れます。Hilbert 関数と Hilbert 多項式は、可換環論と代数幾何を結ぶ最も計算的な橋の一つです。
次数付き環と Hilbert 関数
を体とし、 を 上の次数付き環とします。典型的には であり、各 の次数を 1 とすれば は 次斉次多項式全体がなす -ベクトル空間です。
を有限生成次数付き -加群とします。 の Hilbert 関数 は
によって定義されます。各次数成分の -ベクトル空間としての次元を測る関数であり、加群 の「成長速度」を記述しています。
多項式環 自身の Hilbert 関数は、重複組合せの公式から
となります。これは 個の変数から重複を許して 個選ぶ組合せの数であり、 の 次多項式として振る舞います。
であり、 の基底は の 個。
であり、 の 2 次多項式として成長する。
は の 次多項式。最高次の係数は となる。
剰余環の Hilbert 関数
斉次イデアル に対し、剰余環 は次数付き環の構造を引き継ぎます。 であるから
が成り立ちます。 が大きいほど は小さくなり、 が定める射影多様体の「大きさ」を反映します。
具体例として と斉次イデアル ( は 次斉次多項式)を考えます。 のとき であるから
となります。 が十分大きいとき、この式は の 1 次多項式 に漸近します。次数が 2 から 1 に下がったことは、超曲面の次元が射影空間の次元より 1 小さいことを反映しています。
内の 次曲線 に対し、 が十分大きな で 1 次多項式になるという事実は、 が 1 次元であることの代数的な表現です。最高次の係数 は の次数(直線との交点数)に一致します。
射影多様体の次数は Hilbert 多項式の最高次係数から定まる不変量であり、Bézout の定理の基盤をなす。
Hilbert 多項式の存在定理
Hilbert 関数は一般にはきれいな多項式にはなりませんが、十分大きな では多項式と一致するという注目すべき定理が成り立ちます。
を標準的な次数付き多項式環、 を有限生成次数付き -加群とします。このとき、ある多項式 が存在して、十分大きなすべての に対し
が成り立ちます。この を の Hilbert 多項式と呼びます。
証明の基本的なアイデアは、変数 による乗法がもたらす完全列
から Hilbert 関数の差分 を の Hilbert 関数に帰着させ、変数の数に関する帰納法を適用するというものです。
を考える
完全列から を変数が少ない加群の Hilbert 関数に帰着
帰納法により は多項式、したがって も多項式
ここで注意すべきは、Hilbert 多項式が有理数係数の多項式であることです。整数値をとる多項式であっても、その係数は有理数になりえます。実際、Hilbert 多項式は二項係数を用いて
の形に書かれることが多く、ここで は整数です。
Hilbert 級数
Hilbert 関数の情報を一つの形式的冪級数にまとめたものが Hilbert 級数です。
多項式環 (各変数の次数 1)に対しては、等比級数の公式から
が得られます。 の Hilbert 級数は
の形に書け、 は分子多項式です。 で約分して
とし、 となるまで約分したとき、 が (Krull 次元)に、 が の重複度(次数)に一致します。
として各次数の情報を個別に与える。低次では多項式と一致しない「初期の揺らぎ」が存在し、多様体の埋め込みに依存した情報を含む。
十分大きな での Hilbert 関数の多項式的振る舞いを記述する。次元と重複度という本質的な不変量を直接読み取れるが、低次の情報は失われる。
次元との関係
Hilbert 多項式の次数は、加群(あるいは対応する多様体)の次元を与えます。正確には、 に対して
が成り立ちます。右辺の は の Krull 次元であり、 は から定まる射影スキームです。
内の有限個の点の斉次座標環は、Hilbert 多項式が定数(0 次多項式)となる。定数値は点の個数(重複度込み)に等しい。
射影曲線の Hilbert 多項式は 1 次多項式 の形。 は曲線の次数、 は算術種数。
射影曲面の Hilbert 多項式は 2 次多項式。最高次係数から次数が、定数項付近から算術種数の情報が読み取れる。
曲線の場合の公式 は特に重要です。ここで は曲線の次数、 は算術種数であり、この公式は Riemann-Roch の定理の反映です。たとえば 内の 次非特異曲線の種数は
で与えられ、これは Hilbert 多項式から直接計算できます。
重複度
Hilbert 多項式 の次数を ()とすると、最高次の項は
の形をしており、正整数 を の重複度(multiplicity)と呼びます。Hilbert 級数の分子 を用いると です。
重複度は幾何学的には射影多様体の次数にあたります。 内の 次元射影多様体 の次数 は、一般の位置にある余次元 の線型部分空間と の交点数として定義されますが、これは の斉次座標環の重複度に一致します。
の重複度は 。対応する射影空間 の次数が 1 であることに対応する。
次超曲面 の重複度は 。 内の次数 の超曲面と一般の直線が 点で交わることの代数的表現。
Hilbert 関数の計算手法
具体的な Hilbert 関数の計算は、自由分解を用いて体系的に行えます。 が次数付き -加群であるとき、自由分解
が存在し、各 はシフト付き自由加群の直和です。Hilbert 級数の加法性から
が得られます。自由分解のベッチ数(各 の生成元の次数と個数)が分かれば、Hilbert 級数は完全に決定されます。
たとえば 内の twisted cubic(3 次ねじれ曲線)のイデアルは 3 個の 2 次式で生成され、自由分解は
の形をしています。ここから Hilbert 級数は
を整理すると
であり、, から次元 1(曲線)、次数 3 の射影多様体であることが確認できます。
自由分解が極小であるとき(すなわち微分写像の行列成分がすべて極大イデアルに属するとき)、ベッチ数は加群の不変量となります。極小自由分解のベッチ数の配列はベッチ表として整理され、加群の構造を簡潔に表現します。
ベッチ表は Macaulay2 などの計算代数システムで betti res I のように計算でき、Hilbert 級数の完全な情報を含む。
算術種数と Hilbert 多項式
射影多様体 の算術種数 は、Hilbert 多項式の定数項から
として定義されます。曲線の場合には であるから となり、通常の種数と一致します。
| 多様体 | Hilbert 多項式 | 次数 | 算術種数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 0 | ||
| 次平面曲線 | |||
| 次曲面 |
この表から読み取れるように、Hilbert 多項式は射影多様体の基本的な数値的不変量を統一的に記述する道具です。次数や種数といった古典的な不変量が、次数付き環の代数的構造から自然に導かれるという点に、可換環論の幾何学的な力が表れています。
Hilbert 関数は「各次数で基底が何個あるか」を数えるという素朴な出発点から始まりますが、その漸近的振る舞いを記述する Hilbert 多項式には、次元・次数・種数という多様体の最も基本的な不変量が凝縮されています。この対応は、可換環論が射影幾何学に与える最も直接的な貢献の一つといえるでしょう。