有限個の多項式で足りる - ヒルベルトの基底定理
がネーター環なら、多項式環 もネーター環になります[1,2,3]。ヒルベルトの基底定理です。
変数を足す操作を繰り返せば、 まで一気に届く。体 は自明にネーターなので、 のイデアルはどれも有限個の多項式で生成される。
「無限個の方程式を書いても、途中から新しいことは何も言えない」という主張だと読めます。
証明: 最高次係数を集める
を のイデアルとします。次数 の元の最高次係数を集め、 を足したものを と置く[3]。
は のイデアルになる。同じ次数の元どうしの和も、係数倍も、最高次係数の側でそのまま対応するためです。
しかも が成り立つ。 を掛ければ次数が 上がり、最高次係数は変わらない。
がネーターなので、この昇鎖は途中で止まる。ある から先で となる[3]。
各 は有限生成なので、その生成元を最高次係数に持つ多項式を の中から選べる。 が 以下の分だけ選べば、有限個で済む。
あとは次数についての帰納法です[3]。 の次数が より大きければ、選んだ多項式に適当な単項式を掛けて引くと次数が下がる。
以下まで下がったら、その次数の生成元で処理できる。こうして が有限個の多項式で生成されると分かります。
例: 2 変数で証明を追う
を と見ます。 は 変数なので単項イデアル整域になり、ネーター環です。
イデアル をとり、 についての次数で分ける。 の次数が の元は の中に しかないので、。
の次数が の元は の形だけ。最高次係数は なので になります。
の次数が になると そのものが使えます。最高次係数に が現れるので で、ここから先はもう伸びない。
止まる番号は です。 の生成元 を最高次係数に持つ と、 の生成元 を持つ を選べば、この 本で が生成されます。
次数が 以上の元は、 に単項式を掛けて引くと次数が下がる。降りきったところで が引き受けます。
変数の順序は結論を変えない
を と見ても、結論は同じです。どちらの順に変数を足しても、ネーター性は保たれる。
ただし途中に現れる の中身は変わります。証明の道具が順序に依存しても、結論は依存しません。
系: 有限個の方程式で足りる
の部分集合を無限個の多項式で定義しても、そのうち有限個で同じ集合が切り出せます[2]。
生成するイデアルが有限生成だからです。生成元だけを残せば、消える点の集合は変わりません。
言いかえると、どのアフィン多様体も有限個の超曲面の共通部分になる[1]。
本目から先を足しても、残る点は動きません。無限に式を並べても、効いているのは最初の有限個だけ。
系: ザリスキ位相が位相になる
この有限性は、位相を入れるところでも効く[2]。閉集合が任意個の共通部分について閉じている、という確認に使えます。
ドイツ語版の記述では、ザリスキ位相が位相であることの証明のうち、いちばん難しい部分がここだとされています[2]。
反例: 変数が無限にある場合
はネーターになりません。イデアル が有限生成でないためです。
有限個の生成元をとると、そこに現れる変数も有限個で終わる。使われていない変数は、その有限個から作れません。
変数の本数が有限であることが、定理の前提として効く。 本足すたびに 回適用する、という形の証明だからです。
逆向きは剰余環から出る
がネーター環なら、 もネーター環になります。 と書けるので、剰余環がネーター性を受けつぐことから従う。
つまり と のネーター性は同値です。変数を足しても引いても、この性質は動きません。
有限生成代数まで広がる
ネーター環 の上の有限生成代数は、すべてネーター環になります[5]。 の剰余環として書けるためです。
体上の有限生成代数、つまりアフィン多様体の座標環がここに入る。代数幾何で扱う環がほとんどネーターになるのは、この系のおかげです。
局所化についても同じことが言えます[5]。ネーター環を局所化してもネーター環のまま。
単項式イデアルとディクソンの補題
多変数の場合には、別の見方もあります。単項式だけで生成されるイデアルに話を絞ると、議論が組合せ的になる。
ディクソンの補題は、単項式が真に減っていく列が有限で終わることを保証します[4]。単項式イデアルがつねに有限個の単項式で生成される、という形でも述べられます。
指数の組を格子点と見ると、上向きに閉じた集合が有限個の点で決まる、という主張になる。先頭単項式のイデアルにこの補題を当てると、多変数の場合が処理できます。
グレブナー基底の理論は、この道すじの上に立っています[4]。
冪級数環でも成り立つ
がネーター環なら、形式的冪級数環 もネーター環になります。証明の骨は多項式環と同じで、最高次係数のかわりに最低次係数を使う。
冪級数には最高次がないので、下から数える。順序を逆にすると同じ議論が通る。
有限生成でない環はどこにあるか
ネーターでない環を探すには、多項式環から離れる必要があります。変数を無限にするか、連続関数の環のように多項式で書けない対象へ行くか。
基底定理は「方程式で書かれる側は安全だ」と言っています。有限個の変数と有限回の演算にとどまるかぎり、有限性は自動で付いてくる。
ヒルベルトの証明とゴルダン
ヒルベルトはこの定理を 年に示し、 年の論文「Über die Theorie der algebraischen Formen」で発表しました[1,2]。
背景は不変式論です[1]。群の作用で変わらない多項式を全部集めた環を考え、それが有限個の元で生成されるかどうかを問う。この問題が当時の中心にありました[1]。
同じ論文には零点定理とシジジー定理も入っています[1]。可換環論と代数幾何の骨格が、ここでまとめて据えられました。
不変式論の第一人者だったパウル・ゴルダンは、この論文を強く退けました[1]。
これは数学ではない。これは神学だ。パウル・ゴルダンがヒルベルトの証明に向けた言葉として伝わっています。
ゴルダンはのちに撤回している[1]。「神学にも見るべきところがあると納得した」と言い直したと伝わります。
なぜ「神学」と呼ばれたか
証明が非構成的だったためです[1]。有限個の生成元が存在すると示すだけで、それを求める手続きを与えていません。
当時の不変式論は、生成元を実際に書き下す計算の学問でした。答えを出さずに存在だけ言う議論は、数学に見えなかった。
この抽象的なやり方が 世紀の数学を作り変えます[1]。存在証明と構成的証明を分けて考える態度が、ここから広がりました。
ヒルベルト自身も、のちに構成的な方法へ立ち返っている[1]。
グレブナー基底で計算にする
生成元を実際に求める道具は、 年ほど後に出ました。ブフバーガーが 年の学位論文で導入したグレブナー基底です[4]。
イデアルの生成集合のうち、先頭単項式のイデアルまでそろえたものを指す[4]。これがあると、多項式がイデアルに属するかどうかを割り算だけで判定できます。
S 多項式を作って割り、余りが でなければ足す。この操作を繰り返す手続きが、ブフバーガーのアルゴリズムです[4]。
停止することの根拠に、ディクソンの補題と基底定理が使われる[4]。存在を保証する定理が、そのまま計算の終了保証に化けています。










