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アンジュー帝国:アリエノールの再婚が英仏の領土を動かした

一一五二年、フランス王妃だったアリエノールが離婚し、その八週間後にアンジュー伯アンリと再婚した。この一度の結婚で、フランスの西半分がイングランド王家の手に渡る。以後三百年続く英仏の争いは、ここから始まっている。

船が沈んで王位が揺れる

一一二〇年、ヘンリー一世の一人息子ウィリアム・アデリンがホワイトシップの沈没で死んだ。残ったのは娘のマティルダである。

ヘンリー一世は諸侯にマティルダへの忠誠を誓わせた。ところが王が死ぬと、甥のスティーヴンが先に王位を取ってしまう。女性を王に戴くことへの抵抗があった。以後十九年、無政府時代と呼ばれる内戦が続く。

娘の再婚が家をつくる

マティルダは神聖ローマ皇帝の未亡人だった。皇后の称号を持ったまま、父の意向でアンジュー伯ジョフロワ・プランタジネットと再婚する。プランタジネットという家名は、ジョフロワがエニシダの枝を兜に挿していたことから来ている。

この二人の子がヘンリー二世である。母からイングランドの王位への資格とノルマンディーを、父からアンジューを受け取った。

八週間後の結婚

一一五二年三月、フランス王ルイ七世とアリエノールの結婚が無効とされた。表向きの理由は近親であることだが、実際は十字軍中の不和と、男子が生まれなかったことによる。

五月、アリエノールはアンジュー伯アンリと結婚した。八週間後である。アリエノールはアキテーヌ公領の相続人で、フランス南西部の広大な土地を持参財として持っていた。ルイ七世の許可は得ていない。フランス王は、離婚した妻が自国の三分の一を抱えて敵方へ移るのを止められなかった。

アンジュー帝国

一一五四年、アンリはイングランド王ヘンリー二世として即位した。支配した範囲はこうなる。

  • イングランド
  • ノルマンディー — 母方から
  • アンジュー、メーヌ、トゥーレーヌ — 父方から
  • アキテーヌ、ガスコーニュ — 妻から
  • のちにブルターニュとアイルランドの一部

フランス王より広い土地をフランスの内側に持つイングランド王、という奇妙な形ができた。ただし大陸の領土についてはフランス王の臣下である。この二重の立場が、百年戦争まで続く火種になる。

帝国ではあるが国ではない

アンジュー帝国と呼ばれるが、統一された国家ではない。それぞれの土地が別々の法と慣習を持ち、たまたま同じ人物が主であるにすぎない。相続の単位が個人だから、こうなる。

だから分けることもできる。ヘンリー二世は子供たちに領地を割り振った。ヘンリー若王にイングランドとノルマンディーとアンジュー、リチャード一世にアキテーヌ、ジョフロワにブルターニュ。末子のジョンには何も残らなかった。欠地王という渾名はここから来ている。

息子たちが父と戦う

一一七三年、ヘンリー若王が父に反乱を起こし、弟たちも加わった。アリエノールも息子の側に付いている。背後でフランス王ルイ七世が支援していた。

反乱は鎮められ、アリエノールは以後十六年幽閉された。ヘンリー二世は死ぬまで息子たちと争い、一一八九年、最後まで味方だと思っていた末子ジョンの離反を知って没している。

領地を分けて与えることは、争うための資力を与えることでもあった。

娘たちも配られた

アリエノールが生んだ娘たちも、それぞれヨーロッパの王家へ嫁いだ。エレノアはカスティーリャ王アルフォンソ八世に嫁ぎ、その娘ブランシュがフランス王ルイ八世の妃となって、ルイ九世を生んでいる。

アキテーヌの相続人だった母の血は、敵であるフランス王家へも入っていった。婚姻は同盟の道具だが、渡した先を選び続けることはできない。

五十年で失う

リチャード一世は在位十年のうち、イングランドにいたのは半年ほどである。十字軍と大陸の戦いに費やし、一一九九年に戦死した。

跡を継いだジョンは、甥のアーサーと争う。アーサーはジョフロワの子で、長幼の順ではジョンより上位にあたる。一二〇三年、捕らえられたアーサーは消息を絶った。

この件を口実に、フランス王フィリップ二世がジョンを召喚し、応じないことを理由に大陸領を没収する。一二〇四年にノルマンディーが落ち、アンジュー帝国は五十年で解体した。

結婚が動かしたもの

一一五二年の結婚で手に入った土地は、一二〇四年にほとんど失われた。だがアキテーヌの一部は残り、イングランド王がフランス王の臣下であるという関係も続いた。

一三二八年にカペー朝が絶えたとき、イングランド王エドワード三世がフランス王位を主張できたのも、大陸に領地を持つ当事者だったからである。アリエノールの再婚は、二百年後の戦争の前提を作っていた。

婚姻で領土が動く仕組みは、ハプスブルク家が使ったものと同じである。違うのは、ハプスブルクが集めた土地を保ち続けたのに対し、プランタジネットは五十年で失ったことだった。