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カペー朝の断絶:女系を認めるかが百年戦争になった

九八七年から一三二八年まで、カペー朝は三百四十年にわたって父から息子へ王位を渡し続けた。同じ時代のヨーロッパでは異例のことである。ところが一三二八年、三人の王が続けて男子を残さずに死に、誰が継ぐかを決めなければならなくなった。その決め方が、百年戦争を生む。

三百四十年続いた運

フィリップ三世までのカペー家は、代々男子を残してきた。しかも王は存命のうちに息子を共同王として戴冠させる習慣を持ち、選挙で王を選ぶ余地を早い時期に潰している。

制度の工夫もあるが、根本は運である。カロリング朝が分割相続で崩れたのに対し、カペー朝では長子が一人ずつ、争いなく継いだ。三百四十年のあいだ、跡継ぎの男子が一度も途切れなかった。

十四年で三人が死ぬ

フィリップ四世は一三一四年に没した。息子が三人いたので、心配はないはずだった。

長男のルイ十世は二年で没する。遺児のジャン一世が生まれたが、五日で死んだ。残ったのは娘のジャンヌである。

ここではじめて、娘が継げるかどうかが問われた。答えは出されなかった。ルイ十世の弟がフィリップ五世として即位し、ジャンヌは飛ばされたのである。そのフィリップ五世も娘だけを残して没し、次に立った弟のシャルル四世も、六年後に男子のないまま死んだ。

三兄弟が順に立ち、順に男子を残さずに死んでいる。

規則は後から作られた

一三一六年にジャンヌを飛ばしたとき、そう定めた法があったわけではない。有力者が集まって決め、あとから理屈を付けた。

この理屈が、のちにサリカ法と呼ばれるものである。フランク族の古い法典に、女子の土地相続を制限する条項があった。それを王位継承の根拠として持ち出した。ただし本格的に引かれるようになるのは百年戦争が始まってからで、一三二八年の時点では慣習と力関係で決まっている。規則が先にあって決定が導かれたのではなく、決定が先にあって規則が後から書かれた。

娘たちの立場を弱めたもの

一三一四年、フィリップ四世の三人の息子の妻のうち二人が、姦通の罪で捕らえられて幽閉された。ネールの塔事件と呼ばれる。

ルイ十世の妃もその一人だった。そのため、娘のジャンヌは父の子ではないのではないかという噂が残る。一三一六年にジャンヌを飛ばす判断が通りやすかった背景には、この疑いがある。女子は継げないという原則が語られるとき、実際に働いていたのは原則だけではなかった。

一三二八年の二人の候補

シャルル四世が没して、直系の男子が誰もいなくなった。候補は二人である。

イングランド王エドワード三世は、フィリップ四世の娘イザベルの子である。フィリップ四世から見れば外孫にあたり、血の近さでは最も近い。

フィリップ六世は、フィリップ四世の弟シャルル・ド・ヴァロワの子である。男系だけをたどれば途切れないが、血の近さでは一段遠い。

フランスの貴族はフィリップ六世を選んだ。理屈はこうである。女子が王位を継げないのなら、女子は継承権を子へ伝えることもできない。自分が持てないものを渡すことはできない、という考え方である。

認めなかった側が戦争にする

エドワード三世は当初この決定を受け入れ、翌年にはギュイエンヌ公としてフィリップ六世へ臣従の礼をとっている。ところが一三三七年、フランドルをめぐる対立が深まると、フランス王位の主張を持ち出した。百年戦争の始まりである。

王位の主張は戦争の口実であって原因ではない、という見方もある。だが口実として通用したこと自体が、一三二八年の決定が外から見て絶対ではなかったことを示している。

婚姻で迂回されかける

一四二〇年のトロワ条約で、イングランド王ヘンリー五世がシャルル六世の娘カトリーヌと結婚し、フランス王位の継承者と認められた。二人の子ヘンリー六世は、生後まもなく両国の王を称する。

女系を認めないという原則が、婚姻と条約で迂回されかけたことになる。押し返したのがシャルル七世とジャンヌ・ダルクで、一四二九年のランス戴冠は、儀式によって正統を取り戻す試みだった。

なおこのカトリーヌは、ヘンリー五世の死後にウェールズの家人オーウェン・テューダーと結ばれている。その孫がヘンリー七世となり、薔薇戦争を終わらせた。

規則があっても争いは起きる

イングランドの薔薇戦争では、男系か女系かの規則が定まっていなかったために系図が読み替えられ、三十年争った。フランスは一三二八年に規則を決めている。それでも百十六年戦った。

違いは、争う相手が国の外にいたことである。内側で決めた規則は、外の王には効かない。エドワード三世には、フランスの慣習に従う理由がなかった。

一四五三年に戦争が終わったとき、ヴァロワ朝の男系継承は動かないものになっていた。以後フランスで女性が王位に就いたことはない。一三二八年の決定は、系図の読み方を一つに固定した代わりに、百年以上の戦争を支払っている。