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ヘロデ王家:妻と子を殺し続けた家

ヘロデ大王はユダヤ人ではない。イドマヤ人の家に生まれ、ローマの後ろ盾でユダヤの王になった男である。だから王として認められるために、それまでの王家であるハスモン朝の娘を妻に迎えた。そして十年ののち、その妻を処刑する。図の上がハスモン朝、下がヘロデの家で、二つはマリアンメというひとりの女性でつながっている。

借りてきた正統

ハスモン朝はセレウコス朝に反乱を起こしたマカバイの家で、大祭司と王を兼ねていた。ユダヤ人にとっては、独立を取り戻した家である。

ヘロデの父アンティパトロスはイドマヤの出で、ハスモン朝の宮廷で力を持った。ヘロデ自身はローマの元老院からユダヤの王に任じられ、紀元前三七年に実際の支配を始める。しかし血の上では、王になる資格を持たない。

そこでヒルカノス二世の孫娘マリアンメを妻に迎えた。滅ぼした家の娘を娶って正統を借りる形は、雄略に滅ぼされた葛城の娘が皇后を出し続けたのと同じである。

妻を殺す

ヘロデは疑い深かった。マリアンメの弟アリストブロスを大祭司に立てたあと、水に沈めて殺している。マリアンメ自身も紀元前二九年に処刑され、その母アレクサンドラも翌年に殺された。

ハスモン朝の血を引く者を消していったので、残ったのはマリアンメが産んだ自分の子だけになる。正統を借りるために結んだ婚姻が、借りた相手を全部消すところまで進んだ。

子も殺す

マリアンメの子であるアレクサンドロスアリストブロスも、紀元前七年に反逆の疑いで処刑された。ハスモン朝の血を引く息子は、父にとっては後継者であると同時に、自分より資格のある競争相手でもある。

長男のアンティパトロスは別の妻ドリスの子で、二人の異母兄を陥れた側だったが、その本人も紀元前四年に処刑された。ヘロデが死ぬ五日前のことである。豚であるほうがヘロデの息子であるよりましだ、というアウグストゥスの言葉が伝えられている。

分けて残す

ヘロデが死ぬと、王国は三人の子に分けられた。アルケラオスがユダヤとサマリア、ヘロデ・アンティパスがガリラヤ、フィリッポスが北東部である。いずれも母が違う。

アンティパスは、兄弟の妻であったヘロディアを娶った。ヘロディアはアリストブロスの娘、つまりアンティパスの姪でもある。この結婚を非難した洗礼者ヨハネが殺されたと福音書は伝える。

建てることで認めさせる

ヘロデは血で足りないものを、造ることで補おうとした。エルサレムの神殿を大規模に建て直し、カイサリアの港を築き、マサダやヘロディオンの要塞を残している。神殿の外壁は、いまも嘆きの壁として残る部分である。

民の信仰の中心を自分の手で建て直せば、王として認められるという計算である。しかし血の資格を疑われる者が力を示すほど、疑う側は警戒する。造れば造るほど、彼は自分の家の中で孤立していった。

孫が国をまとめ直す

処刑されたアリストブロスの子ヘロデ・アグリッパ一世は、ローマで皇帝の子らとともに育った。その縁でカリグラとクラウディウスに引き立てられ、四一年に祖父の領土をほぼそのまま受け継ぐ。

祖父が殺した息子の子が、祖父の国を取り戻したことになる。もっとも三年で急死し、国はローマの直轄に戻った。子のアグリッパ二世、娘のベレニケドルシラは使徒行伝にも名が出る。ベレニケはのちに皇帝ティトゥスの愛人になった。

閉じた婚姻

この家は身内のなかでよく結婚した。叔父と姪、いとこどうしの結婚が繰り返され、同じ名前が何度も出てくる。ヘロデ、アリストブロス、アグリッパ、マリアンメといった名が世代をまたいで使い回されるので、系図がないと誰の話かわからなくなる。

プトレマイオス朝の兄妹婚と似ているが、目的は違う。あちらは王家の血を外へ出さないための婚姻で、こちらは資格の足りない家が身内で位を回すための婚姻である。

図の読み方

一本の線をたどると、ヘロデが借りた正統は、彼が処刑した妻と息子を経由して、孫のアグリッパ一世に届いている。殺しても、系図の線までは消せなかった。

血に資格があると考える社会では、資格を持つ者はそのまま脅威にもなる。ヘロデが妻と子を殺し続けたのは、その二つが同じひとりの中にあったからである。

この家は、六六年に始まるユダヤ戦争でローマ側に付き、七〇年の神殿の焼失を見た。アグリッパ二世が死ぬと、王家としては終わる。借りた正統は百年ほど保ったが、借りた相手であるハスモン朝の記憶が薄れたころに、借り手のほうも消えている。借り物の資格は、貸し主を覚えている人がいるあいだしか通用しない。貸し主のことを覚えている人を全部殺してしまえば、借りていたことの意味まで一緒に消えてしまう。