正規行列|ユニタリ行列で対角化できるための条件と証明
複素正方行列 が正規行列であるとは、随伴行列 と可換であることをいいます。
条件はこれだけです。ところがこの一行から、ユニタリ行列による対角化ができるという強い結論が出ます。
エルミート行列もユニタリ行列も歪エルミート行列も、この条件を満たします。個別に証明していた対角化の話が、正規性という一つの条件にまとまるわけです。
<svg viewBox="0 0 460 240" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<rect x="30" y="40" width="400" height="170" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<text x="42" y="58" font-size="11" fill="#9a9a9a">複素正方行列</text>
<rect x="50" y="68" width="360" height="128" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<text x="62" y="86" font-size="11" fill="#9a9a9a">対角化できる行列</text>
<rect x="70" y="96" width="320" height="88" fill="none" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></rect>
<text x="82" y="114" font-size="11" fill="#1b81e0">正規行列</text>
<rect x="82" y="124" width="92" height="46" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<text x="128" y="152" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">エルミート</text>
<rect x="184" y="124" width="92" height="46" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<text x="230" y="152" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">歪エルミート</text>
<rect x="286" y="124" width="92" height="46" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<text x="332" y="152" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">ユニタリ</text>
<text x="30" y="228" font-size="11" fill="#9a9a9a">実対称・実交代・直交は、それぞれ左の 3 つを実数の範囲に限ったものです</text>
</svg>随伴行列と正規性の定義
随伴行列 は、成分ごとに複素共役を取ってから転置したものです。共役転置とも呼びます。
実行列なら複素共役は何もしないので、 になります。実行列に対する正規性の条件は です。
積の順序が入れ替わるだけの条件に見えます。しかし行列の積は一般に可換ではないので、これは強い制約です。
例:定義にあてはめて調べる
いちばん小さい反例から見ます。対角成分より上に が一つあるだけの行列です。
実行列なので、随伴行列は転置しただけの形になります。
両側から掛けた結果を比べます。
一致しないので は正規ではありません。この行列は対角化もできないので、正規から外れるのは自然な結果です。
例:エルミートでもユニタリでもない正規行列
正規行列はエルミート行列とユニタリ行列だけではありません。次の実行列がその例です。
随伴は転置と同じです。
両方の積を計算します。
正規です。しかし対称ではないのでエルミートではなく、 なのでユニタリでもありません。
固有多項式は で、固有値は と です。実軸にも虚軸にも単位円にも乗っていません。
ユニタリ行列で対角化できれば正規である
同値性の証明を、やさしい向きから始めます。 をユニタリ行列、 を対角行列として と書けたとします。
随伴を取ると です。 を使って両方の積を計算します。
対角行列どうしは可換なので が成り立ちます。したがって となり、 は正規です。
証明:三角化してから対角に落とす
逆向きには、シューアの三角化を使います。どんな複素正方行列 に対しても、ユニタリ行列 を選んで を上三角行列にできる、という定理です。
まず正規性がユニタリ相似で保たれることを見ます。 と置くと なので、次の 2 つが得られます。
が正規なら右辺どうしが等しく、 も正規です。あとは正規な上三角行列が対角行列になることを示せば終わります。
と の 成分を比べます。 は上三角なので第 列は しか残りません。
左辺が 、右辺が の 成分です。差を取ると第 行の非対角成分がすべて と分かります。
第 行が片付いたら、同じ比較を 成分で行います。以下順に進めれば、すべての非対角成分が になります。
つまり は対角行列です。正規であることとユニタリ行列で対角化できることは、同じ条件だと分かりました。
例:エルミート行列をユニタリ行列で対角化する
複素成分の例で手順を追います。次の行列は を満たすエルミート行列です。
固有多項式は なので、固有値は と です。それぞれの固有ベクトルを求めます。
この 本は直交します。実際、 です。
長さを にそろえて列に並べると、ユニタリ行列ができます。
固有値が実数になり、固有ベクトルが直交する。エルミート行列の性質は、正規行列の性質の特別な場合として出てきます。
例:対角化できても正規とは限らない
対角化できることと、ユニタリ行列で対角化できることは違います。次の行列で確かめます。
固有値は と で相異なるので、 は対角化できます。ところが正規ではありません。
固有ベクトルを見ると理由が分かります。 には 、 には が対応し、内積は です。
直交しないので、正規直交基底を固有ベクトルから作れません。対角化に使える はあっても、それをユニタリにはできないわけです。
ノルムによる言い換え
正規性は、長さを測る式でも書けます。すべてのベクトル について次が成り立つことと同値です。
証明は二乗して比べるだけです。 と が出発点になります。
が正規なら中身が同じなので、等式は明らかです。逆向きには と置いて、 がすべての で成り立つことを使います。
に基本ベクトル 、、 を順に代入すると、 の成分がすべて と分かります。したがって です。
この言い換えから、 と が同値であることも出ます。正規行列では核が一致します。
固有ベクトルの直交性
正規行列では、固有値ごとの補題が効きます。 なら が成り立ちます。
理由は も正規だからです。前節のノルムの等式を に使うと、次の関係が得られます。
左辺は なので右辺も です。 は同じ固有ベクトルを、共役な固有値で持つことになります。
ここから直交性が出ます。、 とし、 を 通りに読みます。
右から読むと です。左から読むと になります。
なので、 なら です。異なる固有値の固有ベクトルは、はじめから直交しています。
エルミート・歪エルミート・ユニタリの位置
正規行列の中で、固有値がどこに乗るかによって特別な場合が決まります。先ほどの補題がそのまま使えます。
エルミート行列は を満たします。補題から も成り立つので、 となり固有値は実数です。
歪エルミート行列は です。同じ計算で が出るため、固有値は純虚数になります。
ユニタリ行列は です。 から となり、固有値は単位円上に並びます。
<svg viewBox="0 0 460 230" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="30" y="22" font-size="11" fill="#1f1f1f">固有値がどこに乗るかで、正規行列の中の特別な場合が決まります</text>
<line x1="120" y1="125" x2="345" y2="125" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="235" y1="48" x2="235" y2="200" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<circle cx="235" cy="125" r="52" fill="none" stroke="#2f8f6b" stroke-width="1"></circle>
<line x1="140" y1="125" x2="330" y2="125" stroke="#1b81e0" stroke-width="2"></line>
<line x1="235" y1="62" x2="235" y2="188" stroke="#d0562a" stroke-width="2"></line>
<circle cx="235" cy="125" r="2" fill="#9a9a9a"></circle>
<text x="30" y="129" font-size="11" fill="#1b81e0">実軸:エルミート</text>
<text x="245" y="44" font-size="11" fill="#d0562a">虚軸:歪エルミート</text>
<text x="352" y="182" font-size="11" fill="#2f8f6b">単位円:ユニタリ</text>
<text x="30" y="216" font-size="11" fill="#9a9a9a">どれにも当てはまらない正規行列もあり、固有値は平面のどこにでも来ます</text>
</svg>例:置換行列は正規だが実の範囲では対角化できない
実行列が正規でも、実数の範囲で対角行列に移せるとは限りません。次の置換行列がその例です。
各行各列に が一つずつなので が成り立ち、 は直交行列、したがって正規です。
固有多項式を計算すると になります。 が成り立つことからも予想がつきます。
実数の根は だけです。残りの つは の解で、複素数の範囲にしかありません。
複素数まで広げれば、 はユニタリ行列で の 乗根を並べた対角行列に移せます。実行列に話を限ると、この形にはたどり着けません。
フロベニウスノルムによる特徴づけ
正規性は、成分の二乗和と固有値の二乗和が一致することとしても書けます。 を全成分の絶対値の二乗和とします。
シューアの三角化から理由が見えます。 と書くとフロベニウスノルムは変わらず、 の対角成分が固有値です。
したがって は固有値の二乗和に、非対角成分の二乗和を足したものになります。両者が一致するのは非対角成分が消えるときだけです。
一般には が成り立ちます。等号が正規性の目印になるわけです。
可換な正規行列は同時に対角化できる
と がともに正規で を満たすなら、共通のユニタリ行列で同時に対角化できます。片方の固有空間がもう片方で保たれることから導かれます。
可換性は落とせません。正規行列どうしでも、積が正規になるとは限らないからです。
同時対角化は、複数の量を同じ基底で見たいときに効きます。可換な観測量を同時に扱える、という量子力学の議論もこの形をしています。
他の話題とのつながり
実対称行列は正規なので、直交行列で対角化できます。射影の和に分ける書き方はスペクトル分解の記事で扱います。
特異値との関係も素直です。正規行列の特異値は固有値の絶対値に一致します。一般の行列ではこの対応が崩れ、特異値分解が別の道具として要ります。
正規でない行列は、ユニタリ行列では対角に届きません。届く先はシューアの三角化までで、相似まで許して整えたものがジョルダン標準形です。
実行列の範囲で整えたい場合は、直交行列で 次の回転ブロックを並べた形にできます。複素固有値の組が、実の世界では回転として現れます。












