べき零行列の性質と標準形|固有値・階数・ジョルダン標準形との関係
正方行列 が何乗かして零行列になるとき、 をべき零行列といいます。
これを満たす最小の正の整数 をべき零指数といいます。零行列は指数が で、それ以外の行列は 以上になります。
見た目は零行列と違うのに、何度か掛けるだけで消えてしまう。この性質は固有値がすべて であることと同じで、対角化できない行列の典型例になります。
<svg viewBox="0 0 460 150" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="30" y="26" font-size="11" fill="#1f1f1f">シフト行列は、基本ベクトルを一つ手前へ送ります</text>
<text x="55" y="99" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">e4</text>
<text x="140" y="99" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">e3</text>
<text x="225" y="99" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">e2</text>
<text x="310" y="99" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">e1</text>
<text x="395" y="99" font-size="13" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">0</text>
<line x1="73" y1="95" x2="115" y2="95" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="115,91 123,95 115,99" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="158" y1="95" x2="200" y2="95" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="200,91 208,95 200,99" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="243" y1="95" x2="285" y2="95" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="285,91 293,95 285,99" fill="#1b81e0"></polygon>
<line x1="328" y1="95" x2="370" y2="95" stroke="#1b81e0" stroke-width="1"></line>
<polygon points="370,91 378,95 370,99" fill="#1b81e0"></polygon>
<text x="98" y="84" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">N</text>
<text x="183" y="84" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">N</text>
<text x="268" y="84" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">N</text>
<text x="353" y="84" font-size="11" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">N</text>
<text x="30" y="134" font-size="11" fill="#9a9a9a">4 回掛ければどのベクトルも 0 に落ち、べき零指数は 4 になります</text>
</svg>べき零指数と最小多項式
が成り立てば、それより大きい指数でも成り立ちます。最小のものを取り出したのがべき零指数です。
最小多項式で言い換えると見通しがよくなります。 とは多項式 が を消すことなので、最小多項式は という形に限られます。
この がべき零指数そのものです。 より低い次数の多項式では を消せません。
例:シフト行列で指数を数える
基本ベクトルを一つ手前へ送る行列が、いちばん見やすい例です。
乗すると、 の位置がさらに右上へずれます。
は零行列ではないので、べき零指数は です。行列の大きさと指数が一致しています。
固有値はすべて 0 になる
証明は数行で終わります。 とし、 は零ベクトルでないとします。
両辺に を繰り返し掛けます。 となり、左辺は から零ベクトルです。
なので 、したがって です。実固有値でも複素固有値でも議論は変わりません。
固有値がすべて 0 ならべき零である
逆も成り立ちます。複素数の範囲では固有多項式が 次式の積に分解し、根がすべて なら次の形になります。
ケイリー・ハミルトンの定理により 、つまり です。固有値だけでべき零性が決まることになります。
実行列を扱うときも、判定は複素数の範囲まで見て行います。実の固有値がなくても、複素固有値が でなければべき零にはなりません。
トレース・行列式・正則性
固有多項式が と分かれば、係数から つの量が読めます。トレースは固有値の和、行列式は積だからです。
行列式が なので、べき零行列が正則になることはありません。逆行列を持たない行列の分かりやすい一群です。
行列式のほうは固有値を経由せずに出せます。 の両辺の行列式を取ると となるからです。
例:狭義三角行列はべき零
対角成分がすべて の三角行列は、必ずべき零になります。
掛けるたびに の帯が広がっていきます。
三角行列では対角成分が固有値です。それがすべて なのだから、前節の結果からべき零だと分かります。
向きを逆にした主張も正しく、べき零行列はどれも狭義三角行列と相似になります。
階数は段階的に落ちる
核の増え方を見ると、指数の上限まで分かります。 なら なので、核は広がる一方です。
途中で つが一致すると、その先はずっと同じままになります。 なら が に入り、 が従うからです。
べき零なら核は最後に空間全体へ届きます。途中で止まれないので、指数に達するまで次元が毎回 以上増えます。
したがってべき零指数が を超えることはありません。階数のほうは掛けるたびに真に小さくなり、いつか になります。
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<text x="30" y="24" font-size="11" fill="#1f1f1f">階数は掛けるたびに真に小さくなります</text>
<line x1="60" y1="155" x2="410" y2="155" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<rect x="90" y="65" width="44" height="90" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.5"></rect>
<rect x="180" y="95" width="44" height="60" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.5"></rect>
<rect x="270" y="125" width="44" height="30" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.5"></rect>
<text x="112" y="57" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">3</text>
<text x="202" y="87" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">2</text>
<text x="292" y="117" font-size="12" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">1</text>
<text x="382" y="147" font-size="12" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">0</text>
<text x="112" y="173" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">N</text>
<text x="202" y="173" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">N<tspan font-size="9" dy="-4">2</tspan></text>
<text x="292" y="173" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">N<tspan font-size="9" dy="-4">3</tspan></text>
<text x="382" y="173" font-size="11" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">N<tspan font-size="9" dy="-4">4</tspan></text>
<text x="30" y="193" font-size="11" fill="#9a9a9a">4 次のシフト行列の例です。0 に届いたときの回数がべき零指数です</text>
</svg>例:階数の列を追う
指数が行列の大きさより小さくなる例を見ます。次の行列は右上の が つに分かれています。
独立な行が 本あるので階数は です。 乗すると 成分だけが残ります。
べき零指数は で、行列の大きさ より小さくなりました。指数が に届くのは、ブロックが一つにまとまっているときだけです。
I - N は正則で、逆行列は有限和
べき零行列は正則になりませんが、単位行列に足すと事情が変わります。 のべき零指数を とします。
途中の項が次々に打ち消し合い、最後に が効きます。等比級数の公式が、有限で止まる形で成り立つわけです。
についても符号を交互に変えれば同じ形になります。どちらの行列式も です。
例:有限和で逆行列を求める
先ほどの狭義三角行列で試します。べき零指数は でした。
逆行列は を足すだけで求まります。掃き出しをする必要はありません。
成分の は、 の と の を足した値です。実際に積を計算すると単位行列に戻ります。
対角化できるべき零行列は零行列だけ
べき零行列のうち対角化できるものは、零行列に限られます。固有値がすべて であることから直ちに出ます。
対角化できたとすると、 は対角行列でその成分は固有値です。すべて なので となり、両側から掛け直して が得られます。
正規行列でも結論は同じです。正規ならユニタリ行列で対角化できるため、べき零な正規行列は零行列しかありません。
零でないべき零行列は、対角化できない行列のもっとも素朴な例になります。固有ベクトルの本数が足りないという事情が、はっきり見える形で現れます。
和や積はべき零とは限らない
べき零行列の集まりは、和についても積についても閉じていません。零行列に近いように見えても、組み合わせると性質が壊れます。
互いに可換なら結論が変わります。 のとき二項展開が使えて、 の各項には か のどちらかが現れるからです。
積についても可換なら が成り立ちます。どちらかの指数まで上げれば消えるので、積もべき零になります。
例:和も積もべき零にならない組
右上と左下に を置いた つの行列を用意します。
どちらも 乗すると零行列です。ところが和を取ると様子が一変します。
この行列は 乗すると単位行列になります。固有値は と で、べき零からはほど遠い行列です。
積も同様です。 は 成分だけが の行列で、何乗しても同じものが返ってきます。
ジョルダン標準形による分類
べき零行列の相似類は、ブロックの大きさの組だけで決まります。対角成分が のジョルダンブロックが並んだ形が標準形です。
大きさを と並べると、合計は になります。つまり の分割と、 次のべき零行列の相似類が一対一に対応します。
標準形から読み取れる量も決まっています。べき零指数は最大のブロックの大きさ 、核の次元はブロックの個数 、階数は です。
逆にブロックの構成は を と調べれば復元できます。具体的な手順はジョルダン標準形の記事で扱います。
例:4 次のべき零行列を分類する
の場合に相似類を書き出します。ブロックの分け方は の分割の個数だけあります。
| ブロックの大きさ | べき零指数 | 階数 |
|---|---|---|
| 4 | 4 | 3 |
| 3, 1 | 3 | 2 |
| 2, 2 | 2 | 2 |
| 2, 1, 1 | 2 | 1 |
| 1, 1, 1, 1 | 1 | 0 |
通りで尽きています。最後の行はブロックがすべて 次の場合で、零行列にあたります。
階数が同じ でも、指数が と に分かれる組がある点に注意してください。階数だけでは相似類が決まらず、 を順に調べる必要があります。
他の話題とのつながり
行列の指数関数は、べき零行列に対して有限和になります。無限級数が途中で止まるので、そのまま計算できます。
対角化できる行列とべき零行列は、足し算で組み合わさります。三角化できる行列は の形に一意に分かれ、 は対角化可能、 はべき零で を満たします。ジョルダン・シュヴァレー分解と呼ばれる分け方です。
行列に限らない例もあります。次数が 未満の多項式の空間で微分を考えると、 回微分すればすべて になるので、これもべき零な線形写像です。












