ベクトルの内積|成分での計算・なす角の求め方・コーシー シュワルツの不等式
内積は 2 つのベクトルから 1 つの数を作る演算です。ベクトルどうしを掛けるのに、出てくるものはベクトルではない。
成分を掛けて足すだけの式ですが、これが長さと角度をまとめて背負っている。 の長さに、 を の向きへ落とした影の長さを掛けた値、と読み替えられるからです。
長さも角度も、もとをたどればこの一つの式から出てくる。距離を測る、直角かどうかを見る、どれくらい似た向きかを数える。そうした操作がすべて内積に還元されます。

成分の積を足す
定義は成分どうしの積の和。次元がいくつでも同じ形で書けます。
順番を入れ替えても値は変わらない。各項で数の掛け算の順序を変えるだけだからです。
ドットの記号から、ドット積と呼ぶこともあります。 と書く流儀もあり、どれも同じものを指す。
掛け算という名前がついていても、数の掛け算とは別の演算です。結合法則は書きようがなく、約分もできない。この違いが誤りの温床になるので、後の節でまとめて挙げます。
例:成分から内積を求める
と で計算する。
負の項が混じっても、そのまま足すだけです。結果の は数であって、ベクトルではない。
内積となす角
もう一つの定義は、長さとなす角で書いたもの。
は 2 つのベクトルのなす角で、 から までにとります。長さは正なので、内積の符号を決めるのは だけ。
鋭角なら正、直角でちょうど 、鈍角なら負になる。向きがどれくらいそろっているかを、符号と大きさで表しています。
同じ向きにそろうと で、内積は長さの積そのものになります。真逆を向けば 倍で、これがとりうる値の両端。この両端をきちんと証明したものが、後で扱うコーシー シュワルツの不等式にあたります。
余弦定理から 2 つの式が一致する
成分の式と角度の式が同じものだという保証は、余弦定理から来る。 と を 2 辺とする三角形を考えます。
残りの辺は です。余弦定理をそのまま書き下す。

左辺を成分で展開すると、別の形が出てくる。
2 つを見比べれば が残る。長さの二乗の項が両側で打ち消し合うからです。
同じ式を逆に読むと、内積が 3 つの長さだけで書ける。
極化恒等式と呼ばれる関係です。角度を持ち出さずに内積を定義できるので、抽象的な空間へ進むときの足場になる。
例:なす角を求める
と のなす角を出す。
内積は で、長さは と です。
したがって です。 を に直してから約分すると、根号が分母に残らない。
きれいな角になる例はむしろ少なく、ふつうは逆余弦の値をそのまま答えにする。 と なら で、およそ です。
内積が 0 なら直交する
なので、直角のとき内積は消える。逆に内積が で、どちらの長さも でなければ、 から直角が出ます。
零ベクトルでない 2 つについては、直交することと内積が であることが同じ意味になる。この言い換えのおかげで、直交を成分の計算だけで確かめられます。
零ベクトルはどのベクトルとも内積が です。向きを持たないので、なす角のほうは定まらない。
例:直交するように成分を決める
と が直交する を求める。
内積を作ると となり、 が出ます。
未知数を残したまま内積を書いて と置くだけ。角度を経由しないので、次元が増えても手順は変わりません。
単位ベクトルとの内積が成分になる
長さ のベクトルを相手にすると、内積の読み方がはっきりする。 との内積は で、第 1 成分がそのまま出てきます。
一般に単位ベクトル との内積は、 のうち の向きにそろっている量です。 なので となり、影の長さそのものになる。
座標軸とのなす角で書いた 、、 を方向余弦という。それぞれ 、、 です。
3 つを並べたものが と同じ向きの単位ベクトルなので、二乗和は になります。成分とは軸方向の影である、という見方がここで形になる。
正射影
を の向きへ落とした影は、ベクトルとして書ける。
分母が になるのは、 を単位ベクトルに直す分と影の長さを測る分で、 を 2 回割るからです。
残った は と直交する。実際に内積をとると打ち消し合って になります。

こうして は、 に平行な成分と直交する成分にただ一通りに分かれる。
例:正射影ベクトルを求める
を の向きへ落とす。
内積は 、 です。
係数の が より小さいので、影は より短くなる。係数が負なら、影は と逆を向きます。
内積の性質
成分の定義から、3 つの性質がすぐ確かめられる。
対称性と第 1 変数の線形性を合わせると、第 2 変数の線形性も従います。両方について線形なので双線形性と呼ぶ。
この 3 つを公理として抜き出せば、成分を持たない空間でも内積が定義できる。関数の空間にも行列の空間にも、同じ形で内積が入ります。
正定値性だけは他の 2 つと役割が違う。対称性と線形性は計算規則ですが、正定値性は長さを定義できるようにする条件で、これが崩れると が意味を持たなくなります。
ノルムとの関係
自分自身との内積が長さの二乗。
三平方の定理をそのまま書いた形になっています。実際の組み立てでは、内積を先に決めて長さをこの式で定義する順序をとる。
長さの測り方は 1 通りではありません。成分の絶対値を足す測り方のように、内積から来ないものもある。
距離も内積だけで書ける。 が 2 点の隔たりで、中身を展開すれば内積の組み合わせに戻ります。角度と長さと距離が、どれも同じ一つの演算から出てくる。
コーシー シュワルツの不等式
内積の絶対値が、長さの積を超えることはない。
の絶対値が 以下だと言っているだけに見えます。ところが角度を定義する前でも成り立つところに、この不等式の値打ちがある。
話はむしろ逆で、この不等式があるから を余弦と見なせる。値が から に収まる保証がなければ、なす角を定義できません。
判別式による証明
実数 を動かして、 の長さの二乗を眺める。
長さの二乗なので、どの でも です。 なら の 2 次式で、下に凸の放物線が横軸より下へ出ない。

そのためには判別式が 以下でなければならない。
移項して平方根をとれば結論です。等号は放物線が横軸に接するとき、つまり となる が存在するときに限る。
条件は単純で、2 つのベクトルが平行なとき。
この証明で使ったのは、対称性と線形性と正定値性の 3 つだけです。成分も次元も出てこないので、そのまま一般の内積空間で通用する。関数の空間で積分の不等式として現れるものも、中身は同じ論法です。
ラグランジュの恒等式による別証明
不等式の差がそのまま二乗和になる、という等式もある。
右辺は二乗の和なので 以上です。移項するだけでコーシー シュワルツの不等式が出る。
等号の条件も同じ式から読める。すべての で となるとき、つまり成分が比例するときです。
3 次元では、右辺が外積の長さの二乗になる。
を、内積と外積の言葉に翻訳した式です。片方が大きいほど、もう片方は小さくなる。
例:ラグランジュの恒等式を確かめる
と で両辺を出す。
、、内積は なので、左辺は です。
外積は で、長さの二乗は になる。両辺が一致しました。
例:コーシー シュワルツで不等式を示す
実数 、、 について次の不等式を示す。
と に当てはめる。内積は 、、 です。
両辺を二乗した形が、そのまま求める式になります。等号は が に平行なとき、つまり のとき。
、、 で試すと左辺が 、右辺が で、確かに成り立っています。
向きのそろい方を測る
内積を長さの積で割った値が余弦。
この値をコサイン類似度と呼びます。 なら同じ向き、 なら直交、 なら真逆で、途中の値が向きのそろい方を表す。
長さで割っているので、ベクトルを何倍しても値は変わらない。文書を単語の出現回数のベクトルにすると、文書の長さに左右されずに主題の近さが測れます。
成分の数が数万になっても式は変わりません。高次元でそのまま使える手軽さが、応用側で選ばれる理由になっている。
行列で書く
縦ベクトルとして扱えば、内積は行列の積として書ける。
と の積なので、結果は の行列、つまり数です。転置が要るのは、行と列の向きをそろえるため。
正定値対称行列 を間に挟んだ も、内積の 3 条件を満たす。基底が直交していない座標系では、この形が本来の内積にあたります。
は基底ベクトルどうしの内積を並べた行列で、グラム行列と呼ばれる。 が単位行列のときが、見なれた成分の積和です。
長さを保つ変換は内積を保つ
長さを変えない変換は、内積も変えない。回転や鏡映がそれにあたります。
理由は極化恒等式。内積が 3 つの長さだけで書けるので、長さが保たれれば内積も保たれます。
逆向きも成り立つ。内積が保たれれば、自分自身との内積である長さの二乗も保たれるからです。角度が変わらないことと長さが変わらないことは、同じ 1 つの条件。
力と変位の内積が仕事
物理では、力と変位の内積が仕事にあたる。力のうち動いた向きにそろっている分だけが効く、という事情が に出ています。
まっすぐ押して押した向きへ動けば、仕事は力と距離の積そのものです。斜めに押せば の分だけ目減りする。
真横に押しても物体が前へ進むなら、その力は仕事をしていません。内積が になるからで、直交していることと仕事がないことが同じ意味になる。











