余因子行列と逆行列の公式|転置を忘れずに逆行列を成分で書く
行列式が でない正方行列には、逆行列を成分の式で書き下す公式があります。
は余因子行列と呼ばれ、各成分に小行列式を並べて符号をつけ、最後に転置したものです。
掃き出し法のような手続きではなく、成分をそのまま式で表すのが特徴です。そのぶん計算は重く、実際に使うのは 2 次か 3 次までになります。
<svg viewBox="0 0 460 240" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="22" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">(1, 2) 成分の余因子は、第 1 行と第 2 列を消して作ります</text>
<rect x="60" y="45" width="150" height="150" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="60" y="45" width="150" height="50" fill="#9a9a9a" fill-opacity="0.15"></rect>
<rect x="110" y="45" width="50" height="150" fill="#9a9a9a" fill-opacity="0.15"></rect>
<line x1="110" y1="45" x2="110" y2="195" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="160" y1="45" x2="160" y2="195" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="60" y1="95" x2="210" y2="95" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<line x1="60" y1="145" x2="210" y2="145" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></line>
<text x="85" y="126" font-size="13" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">a</text>
<text x="185" y="126" font-size="13" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">b</text>
<text x="85" y="176" font-size="13" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">c</text>
<text x="185" y="176" font-size="13" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">d</text>
<line x1="228" y1="120" x2="268" y2="120" stroke="#9a9a9a" stroke-width="1"></line>
<polygon points="271,120 262,116 262,124" fill="#9a9a9a"></polygon>
<text x="330" y="112" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">残った 2 次の行列式</text>
<text x="330" y="138" font-size="13" fill="#1f1f1f" text-anchor="middle">ad - bc に符号をつける</text>
<text x="230" y="222" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">符号は行番号と列番号の和が偶数なら正、奇数なら負です</text>
</svg>余因子とは
次正方行列 から第 行と第 列を取り除くと、 次の行列が残ります。その行列式を小行列式といい、 と書きます。
これに位置で決まる符号をつけたものが余因子です。
符号は市松模様に並びます。左上が正で、隣に移るたびに入れ替わると覚えれば足ります。
<svg viewBox="0 0 460 200" width="100%" style="max-width:460px;display:block;margin:0 auto">
<text x="230" y="24" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">余因子につく符号は、位置だけで決まります</text>
<rect x="155" y="45" width="150" height="120" fill="none" stroke="#c8c8c8" stroke-width="1"></rect>
<rect x="155" y="45" width="50" height="40" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<rect x="255" y="45" width="50" height="40" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<rect x="205" y="85" width="50" height="40" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<rect x="155" y="125" width="50" height="40" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<rect x="255" y="125" width="50" height="40" fill="#1b81e0" fill-opacity="0.12"></rect>
<text x="180" y="72" font-size="15" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">+</text>
<text x="230" y="72" font-size="15" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">-</text>
<text x="280" y="72" font-size="15" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">+</text>
<text x="180" y="112" font-size="15" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">-</text>
<text x="230" y="112" font-size="15" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">+</text>
<text x="280" y="112" font-size="15" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">-</text>
<text x="180" y="152" font-size="15" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">+</text>
<text x="230" y="152" font-size="15" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">-</text>
<text x="280" y="152" font-size="15" fill="#1b81e0" text-anchor="middle">+</text>
<text x="230" y="188" font-size="11" fill="#9a9a9a" text-anchor="middle">行番号と列番号の和が偶数なら正、奇数なら負です</text>
</svg>余因子行列は転置してから作る
余因子を並べた行列を作り、それを転置したものが余因子行列 です。
添字が入れ替わっている点が肝心です。転置を忘れると、次の公式が成り立ちません。
呼び名は言語によって揺れます。フランス語の comatrice は転置する前の並びを指し、逆行列の公式ではその転置を使います。ドイツ語の Adjunkte は転置したあとを指します。
逆行列の公式
のとき、逆行列は次の式で書けます。
もとになるのは、次の等式です。行列式が でも成り立ちます。
両辺を で割れば公式が出ます。逆行列の存在と が同値であることも、この等式から読み取れます。
例:2 次で確かめる
2 次の行列で余因子を作ります。 次の小行列式は成分そのものです。
余因子は 、、、 です。並べて転置します。
見なれた公式が出てきました。対角を入れ替え、非対角の符号を変える、という覚え方の正体がこれです。
例:2 次の逆行列を数で求める
具体的な数で試します。
行列式は です。余因子行列は対角を入れ替えて符号を変えるだけです。
を計算すると対角成分が で、非対角は になります。 そのものです。
例:3 次の余因子を並べる
3 次では小行列式が 2 次の行列式になります。9 個すべてを計算します。
第 1 行の余因子は 、、 です。たとえば は、第 1 行と第 2 列を消した に負号をつけた値です。
第 2 行は 、、、第 3 行は 、、 になります。
これを転置して余因子行列ができます。
例:3 次の逆行列を求める
行列式を第 1 行で展開します。余因子はもう手元にあるので、掛けて足すだけです。
なので、割り算が要りません。余因子行列がそのまま逆行列になります。
を計算すると単位行列になります。行列式が の整数行列では、逆行列も整数だけで書けます。
例:行列式が 1 でない 3 次の逆行列
割り算が残る場合も見ておきます。
第 1 行の余因子は 、、 です。展開すると になります。
残りの余因子も求めて転置すると、余因子行列ができます。
を計算すると、対角がすべて の行列になります。 で割れば逆行列です。
公式が成り立つ理由
の 成分は、第 行の成分と第 行の余因子を掛けて足したものです。これは第 行に沿った余因子展開そのもので、値は になります。
成分では、第 行の成分に第 行の余因子が組みます。これは、第 行を第 行で置き換えた行列の余因子展開に等しくなります。
その行列は同じ行を 2 つ持つので、行列式は です。したがって対角以外はすべて になり、 が得られます。
例:ちがう行の余因子と組むと 0 になる
さきほどの で確かめます。第 1 行の成分に、第 2 行の余因子を掛けて足します。
計算すると です。
これは、第 2 行を第 1 行で置き換えた行列の行列式にあたります。第 1 行と第 2 行が同じ行列なので、値が になるのは当然です。
行列式が 0 のとき
でも余因子行列そのものは作れます。ただし となり、逆行列は得られません。
階数によって の姿が決まります。階数が なら の階数は 、階数が 以下なら は零行列です。
階数 の場合、 の列は の解の定数倍になります。核の情報が余因子行列に残るわけです。
例:階数が落ちた行列で確かめる
2 次で階数が の行列を取ります。
は対角を入れ替えて符号を変えるだけなので、 です。階数はやはり になります。
を計算すると零行列です。 なので もまた零行列で、等式は成り立っています。
3 次で成分がすべて の行列なら、話はさらに単純です。2 次の小行列式がすべて なので、余因子行列は零行列になります。階数が 以下だと、こうなります。
余因子行列の性質
行列式についてはきれいな式が知られています。
積については順序が入れ替わります。転置と同じ振る舞いです。
2 回とると、もとの行列にほぼ戻ります。 で が成り立ちます。
例:対角行列で確かめる
対角行列なら余因子行列も対角行列で、成分は残りの対角成分の積になります。
は対角成分がすべて で、 と合っています。
です。 と一致します。
クラメルの公式とのつながり
を成分で書き下すと、クラメルの公式になります。第 成分の分子は、 の第 列を に置き換えた行列の行列式です。
余因子行列を作る計算と、クラメルの公式で分子を並べる計算は、同じものを別の順序で書いているだけです。
計算量では掃き出し法に負ける
余因子は 個あり、それぞれが 次の行列式です。定義どおりに進めると、手数は階乗の勢いで増えます。
掃き出し法なら 程度で逆行列が求まります。4 次を超えたあたりから、差は決定的になります。
数値計算でこの公式を使うことは、まずありません。それでも消えないのは、成分の式として書けることに価値があるからです。
それでも役に立つ場面
2 次と 3 次では、手で計算するのに向いています。特に 2 次の公式は、そのまま覚えて使う形です。
理論の場面でも効きます。逆行列の成分が の分数式で書けるので、成分がどう動くかを議論できます。行列式が の整数行列の逆行列が整数になる、という事実もここから出ます。
は でも成り立つので、正則でない場合の議論にも使えます。ケイリー・ハミルトンの定理の証明にも顔を出します。
他の話題とのつながり
余因子展開そのものは余因子展開による行列式の計算の記事に、行列式の性質は行列式の基本性質の記事にあります。
逆行列の存在条件や求め方の全体像は、正則行列と逆行列の記事で扱っています。3 次の行列式を手早く求めるならサラスの方法が使えます。
逆行列を持たない行列を相手にするときは、疑似逆行列という別の道具があります。












