割り算の筆算が使える整域(ユークリッド整域から整閉整域まで)
整数と 1 変数多項式には、割り算の筆算があります。余りが「小さくなる」ことを保証する量があるためです。
その量を公理として抜き出したものがユークリッド整域[2]。ここから始めて、条件をゆるめていくと整域の階層ができます。
ユークリッド整域
整域 に関数 があり、次を満たすとします[2]。
、 に対し、 となる がとれて、 または 。
これがユークリッド関数です。余りが になるか、測った値が真に小さくなる。
値が小さくなる、という条件だけで互除法が回ります。有限回で止まる保証がここから出る。
ユークリッド整域は単項イデアル整域になる
証明は短い。イデアル をとり、 の でない元のうち の値が最小のものを とします。
に対して と書くと、 も に入ります。 なら となり、最小性に反する。
だから で、 は の倍数。 です[1]。
最小の値を持つ元をとる。この一手で すべてのイデアルが単項になる。
「小さくなる」量があるかどうかだけが効いている。
単項イデアル整域は一意分解整域です[3]。整数の素因数分解と同じ形の分解が成り立つ。
階層
条件をゆるめる向きに並べると、体、ユークリッド整域、PID、UFD、整閉整域、整域という順に広がります[4]。
どの包含も真です。それぞれの隙間に、きちんと例があります。

PID だがユークリッドでない
いちばん有名な隙間がここです。 が単項イデアル整域でありながら、どんなユークリッド関数も持ちません[1]。
Motzkin が 1949 年に判定条件を作り、それを使って示しました。普遍側因子という元が存在しないことを見る議論です。
虚二次体で見ると線引きがはっきりします[1]。 の整数環がユークリッドになるのは の 5 つだけ。
一方で単項イデアル整域になるのは の 9 つです。差の 4 つが、この隙間を埋めています。
割り算の筆算が書ける。
イデアルは単項だが筆算は書けない。 が追加で入る
単項性だけを問うなら、ユークリッド関数より弱い条件で足ります。Dedekind-Hasse ノルムを持つことと PID であることが同値になります[1]。
UFD だが PID でない
が例です[3]。一意分解は成り立ちますが、イデアル は単項ではありません。
と の公約数は単元しかないので、単項なら になるはず。ところが は定数項が偶数の多項式全体で、 を含みません。
多変数でも同じです。 で が単項になりません。
一意分解と単項性は別の条件です。次元が 以上の環では、必ず単項でないイデアルが出ます。
整閉だが UFD でない
をとります。 の分解が 2 通りに書けます。
、、 はどれも既約で、たがいに同伴ではありません。一意分解は崩れています。
それでもこの環は整閉です。 の整数環そのものだからです。

イデアルまで上がると分解は一意に戻ります。デデキント整域だからです。元の分解が崩れているだけ。
整閉でない整域
を見ます。 は分数体に入っていて、 の根です[4]。係数は環の中にある。
ところが 自身は環に入りません。整な元が外にいるので、整閉ではない。
幾何ではカスプにあたります。尖った特異点を持つ曲線の座標環です。
も整閉ではありません。 が の根で、環の外にあります[4]。
。 は で割ると 余るので、これが整数環そのもの
。 は で割ると 余るので、整数環はもっと大きい
上へ行くほど何が言えるか
条件が強いほど、使える道具が増えます。
整閉なら、整な元が外へ逃げない
UFD なら、既約元による分解が一意になる
PID なら、すべてのイデアルが 1 つの元で書ける
ユークリッドなら、互除法で公約元が計算できる
いちばん上のユークリッド整域だけが、計算の手順まで与えます。ほかは存在を保証するだけ。
で最大公約数を求めるとき、互除法があるから具体的に計算できます。PID であることだけ知っていても、公約元がどれかは分かりません。
GCD 整域という段
UFD と整閉のあいだに、もう 1 段あります[4]。任意の 2 元が最大公約元を持つ整域です。
UFD なら分解から公約元が作れるので、GCD 整域になります。逆は成り立ちません。
ネーター環に限ると、GCD 整域と UFD が一致します。だから隙間の例は、ネーターでない環から探すことになる。
について正しいのはどれですか。
- ユークリッド整域である
- UFD だが PID ではない
- 整閉でない
小さくなる量があるか、イデアルが 1 元で書けるか、分解が一意か、整な元が外へ出ないか。4 つの問いの答えが、そのまま階層の段になっています。












Z が UFD なので Z[x] も UFD です。ところが (2,x) が単項でないため PID にはなりません。UFD は整閉なので、整閉でないという選択肢も誤りです。