多項式環の上では射影加群が全部自由になる、Quillen-Suslin の定理
を体とすると、 上の有限生成射影加群はすべて自由になります[1]。ねじれた束は 1 つも存在しない。
Serre が 1955 年に問いとして出し、1976 年に Quillen と Suslin が独立に解きました[1]。21 年ものあいだ開いたままでした[3]。
射影加群は自由加群の一部分
加群 が射影的であるとは、ある自由加群の直和因子になっているということ。 となる がとれる状態です[2]。
自由加群は射影的です。逆は一般には成り立ちません。デデキント整域の単項でないイデアルが、射影的だが自由でない例になります。
局所環の上では、有限生成射影加群は必ず自由になります[2]。だから射影加群は「各点では自由」という性質を持つ。

幾何ではベクトル束の話になる
射影加群はベクトル束に対応します。自由加群は自明な束です[4]。
アフィン空間の上でこの定理が言っているのは、代数的なベクトル束がすべて自明だ、ということ。
位相の側では当たり前です。アフィン空間は 1 点に縮むので、連続なベクトル束も滑らかなベクトル束も自明になります。正則な束も Oka-Grauert の原理から自明[4]。
代数の側だけが長く未解決でした。多項式で書けという条件が、縮める操作を難しくします。
Serre の問い
1955 年の論文で、Serre は次のように書いています[1]。有限型の射影加群で自由でないものが存在するかどうかは分かっていない。
問題として提出したわけではなく、分からないことの列挙の 1 つでした。Serre 自身は、この問題に自分の名が付くことを嫌ったと伝えられています。
1957 年の一歩
2 年後に Serre は途中まで進めます。多項式環上の有限生成射影加群は、安定的に自由になる[4]。
安定的に自由とは、自由加群を足すと自由になるということ[1]。
この形なら、 は と同型になりそうに見えます。ところがその一歩が難しい。
から を導く。この一歩が 消去の問題 です。
自由加群を足して等しくても、引き算ができるとはかぎらない。
一般の環では実際に失敗します。球面の接ベクトル場に対応する加群が有名な例で、安定的に自由でありながら自由になりません。
単模行ベクトルに言いかえる
安定的に自由な加群は、行ベクトル 1 本で書けます。 が生成するイデアルが 全体になるとき、これを単模と呼ぶ。
この行ベクトルを第 1 行として、逆行列を持つ 行列に伸ばせるかどうか。それが問題になります。
伸ばせることと、対応する加群が自由になることが同値です。抽象的な問いが、行列の具体的な問題に変わります。

例:2 成分で埋めてみる
で行ベクトル をとります。 なので単模です。
2 行目を と置くと、行列式が になります。逆行列を持つので埋められました。
このとき対応する射影加群は自由です。 変数なら単項イデアル整域なので、もともと難しくありません。
変数が増えると、この埋め方を見つけるのが急に難しくなります。定理が保証しているのは、どれだけ変数が多くても必ず埋まる、ということ。
Quillen の貼り合わせ
Quillen の道すじは局所大域原理です[1]。
上の有限表示加群が から伸ばしたものかどうか。これを、 の各極大イデアルで局所化した先で判定できる、という主張です。
各点で伸ばしたものになっていれば、全体でも伸ばしたものになる。局所の情報を貼り合わせて大域の結論を出す形です。
変数を 1 本ずつ減らしていけば、最後は体の上の加群になります。そこでは自由であることが明らかになる。
Suslin の道すじ
Suslin は単模行ベクトルの側から攻めました[1]。行列の初等変形について、同じ形の局所大域原理を立てます。
が単位行列であるような をとる。これが局所的に初等行列の積で書ければ、大域でも書ける。
のちに Vaserstein が短い証明を与えました[4]。Lang の教科書に載っている形です。
加群を貼り合わせる。局所で伸ばしたものなら大域でも伸ばしたもの
行列を貼り合わせる。局所で初等変形なら大域でも初等変形
Quillen はこの仕事などにより 1978 年に Fields 賞を受けています[4]。
係数は体でなくてよい
土台は体である必要がありません。単項イデアル整域なら成り立ちます[1]。
でも、有限生成射影加群はすべて自由になります。整数係数の多項式でも同じ結論。
もっと広げられるかどうかが Bass-Quillen 予想です[4]。正則ネーター環の上の多項式環で同じことが言えるか、という問い。
成り立たない場合
条件を外すと崩れます。多項式環でなく商環にすると、結論は保たれません。曲面や曲線の座標環では、自明でない束がふつうに現れる。
計算にもなる
存在の証明にとどまりません。自由基底を実際に求めるアルゴリズムがあります。
単模行ベクトルを行列に伸ばす手順として実装され、計算機代数システムに載っています。グレブナー基底の計算が土台になります。
射影加群を単模行ベクトルで表す
変数を 1 本ずつ減らす
各段で行列を初等変形に分解する
自由基底を組み立てる
Quillen-Suslin の定理が主張しているのはどれですか。
- 体上の任意の加群は自由である
- 体上の多項式環の有限生成射影加群は自由である
- 任意の環の射影加群は自由である
各点で自由なものを、全体で自由だと言い切れるか。アフィン空間ではその一歩が通ります。












体上の多項式環という条件と、有限生成かつ射影的という条件の両方が要ります。一般の環では、射影的でも自由にならない加群があります。