像は開でも閉でもない - Chevalley の定理と構成可能集合
多項式で書ける写像でも、像が開集合になるとはかぎりません。閉集合にもならない。
それでも像は野放図ではありません。開集合と閉集合を有限回組み合わせた形、つまり構成可能集合に必ず収まります[4]。これが Chevalley の定理です。
例:双曲線を影にする
で決まる曲線を、 軸へ落とします。 という写像です。
曲線の上では が必ず成り立ちます。逆に ならば がとれる。
像はちょうど です。開集合ですが閉集合ではありません。曲線自体は閉集合なのに、影が閉じていない。

例:開でも閉でもない像
もう少し性質の悪い例を見ます。平面から平面への写像 をとる。
なら、行き先の 番目の成分は何にでもなります。 を選べばよい。
のときは しか出ません。 に固定されるためです。
開集合に 点だけくっついた形です[4]。開でも閉でもない。
局所閉集合と構成可能集合
こういう形をまとめて扱う言葉を用意します。開集合と閉集合の共通部分を局所閉集合と呼ぶ。
局所閉集合を有限個だけ足し合わせたものが構成可能集合です[3]。ネーター空間ではこの定義でうまくいきます。
は開集合、 は閉集合。有限個という条件が効いています。
構成可能集合の全体は、有限個の 和・共通部分・補集合 で閉じています。
開集合と閉集合から作れる、いちばん小さいブール代数。
さきほどの を見ると、開集合 個と閉集合 個の和になっています。構成可能集合の形にきちんと収まる。

定理の主張
スキームの言葉で書くと次のようになります[1]。
射 が擬コンパクトで局所有限表示なら、局所構成可能な部分集合の像はまた局所構成可能になる。
環の言葉ではもっと素朴です[2]。 が有限表示のとき、 の構成可能集合の像は で構成可能になります。
ネーター環の上なら、有限表示は有限生成と同じ。多項式環の商として書ける代数なら、いつでも当てはまります[3]。
開集合の像が開とはかぎらず、閉集合の像が閉ともかぎらない
構成可能集合の像は構成可能。像をとる操作で外へ出ない
証明の骨格
証明は多項式環 1 段ぶんに帰着します[2]。 を と分けて、 の場合だけ見ればよい。
構成可能集合は の有限和に分けられます。だから 1 つの形だけ扱えば足ります。
ここで係数を見ます。 の先頭係数を とすると、 が と に分かれる。

の上では が可逆になり、割り算が使えます。 の上では の次数が下がる。
どちらの側でも状況が単純になるので、次数についての帰納法が回ります。有限回で終わる理由がここにある。
量化子を消す操作として読む
論理の言葉に直すと、この定理は量化子の消去になります。
像に入るという条件は「ある が存在して 」という形です。存在量化子が付いている。
構成可能集合であるということは、その条件が量化子なしの等式と不等式で書き直せる、ということ。存在を消して具体的な条件に落とせます。
存在量化子つきの条件から始める
係数で場合分けする
次数を下げる
等式と不等式だけの条件に書き直す
終結式を使った消去理論と、根は同じ問題を扱っています。
像が開や閉になる条件
構成可能というのは、開でも閉でもないかもしれない、という弱い結論です。条件を足せば強くなります。
固有射なら像は閉集合になる。射影空間へ埋め込んだときの射影が代表例です。
平坦かつ局所有限表示の射なら、像は開集合になります。平坦性が像の潰れを防いでいます。
像は閉集合。無限遠まで含めた形にすると影が閉じる
像は開集合。ファイバーの次元が急に落ちることがない
さきほどの は、どちらでもありません。 の上でファイバーが 点に潰れています。
ネーター空間での言いかえ
構成可能かどうかは、既約閉集合との交わりで判定できます[3]。
任意の既約閉集合 について、 が で稠密なら、 が の空でない開集合を含む。この条件が構成可能性と同値になります。
稠密なら中身がぎっしり詰まっていて、開集合をつかめる。すかすかに散らばった集合は構成可能になりません。
平面の写像 の像はどれですか。
- 平面全体
- と原点の和
像は開でも閉でもない。それでも、開と閉から有限回で作れる範囲には必ず収まります。













x=0 なら y を選んで第 2 成分を自由に作れます。x=0 では xy=0 に固定されるので、原点だけが像に入ります。